> 古きカミのカタチ(1)
物見櫓から降りてきたその兵士は、真っ青にした顔を両手で覆い、尋常でないほどに震えていた。
「どうした、しっかりしろ! 何を見たんだ!?」
「さ、三本の塔……燃え盛る塔を、見ました」
「誰が妄想を語れと言った! もっと的確に話せ!」
「み、見ればわかる! 見ればわかります! あれは生物なんかじゃない!! あれは、あれは化け物だ……!」
半ば正気を失っている。話を聞いていた彼の上官は舌打ちした。
ここはかの恐ろしきシュレイドではない。黒龍伝説でもあるまいに、その類の恐怖を増長させてしまったのだろう。
「他にやつの姿を目視できたものは!」
「それが、なぜか蒸気に覆われて姿が隠されていて……」
「それでも影ぐらいは見えるだろう! 出現の知らせだけ先に出しておけ。砲兵たちが混乱しかねん!」
物見櫓担当の兵士たちが慌ただしく走り回る。地響きのような足音だけが断続的に伝っていた。
そんな中、作戦総司令のシェーレイは、また別の高台から双眼鏡を持って海の様子を見ていた。傍らに立つ護衛役のハンター、ガルムに話しかける。
「お前はあの姿が見えたか?」
「はい」
「どことなく熔山龍を彷彿とさせる外殻だ。やはり砲撃を主体に攻めるべきだろう。……ただ、問題はこの湿度だ」
彼は自らの手を握った。ぐっと握りしめれば感じられる水気。緊張による手汗も否定できないが、その多くはこの湿気によるものだ。
「雨季の密林でもこうはならん。火薬類も早々に使っていかねば……砲撃開始の信号弾を。こちらから見えないのであれば、あちらからも見えんはずだからな」
「……かしこまりました」
シェーレイの身の丈を優に超える大男のガルムは、わずかな沈黙のあと、恭しく礼を返した。
しゅうっと空に信号弾が上がる。上空で弾けた光の色を見て、エルタが呟いた。
「……砲撃開始、それ以外の者は待機」
「順当かな。今小船で近づいても誤射されるかもしれないし」
「…………」
岩陰に身を潜めるエルタとソナタ、アストレアの三人。そのうちの二人はいくらか冷静を保てているが、一人はやや息を浅くしていた。
「……落ち着いて、って言っても無理があるよね。私も最初はそうだったから、慣れるしかないかも。深呼吸を心がけて」
ソナタがアストレアの身体をそっと抱きしめる。
地響きは既に地震としてはっきり感じられる程になっている。周囲は温泉の如く湯気に覆われ、そして何より、聞こえるのだ。異様な音が。
溶岩が零れ、海に落ち、大量の湯気を吐き出させる音。それが、本当にかの龍がすぐ近くに存在しているのだと。その気配で踏み潰すようにして伝えてくる。
圧倒的な存在感。アストレアはそれに当てられてしまっているのだ。
並のハンターでは過呼吸に陥るか、腰を抜かしてもおかしくはない。アストレアは古龍と直接相対したことがないらしいが、だとすれば驚嘆すべき胆力だった。
エルタはそんな二人を傍目に見つつ、岩陰から海の様子をうかがう。
湯気の濃霧の中にかろうじて見える黒い影。あれがグラン・ミラオスなのか。距離感すらもはや定かではないが、数百メートルは離れているはず。それでいてこの威圧力ならば……エルタは一般の兵士たちがまともに立っていられるのか心配だった。
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