ハーメルン
王書
その時聞こえしものは妙なる楽の音なるよ!

「な、なにこれ……?」

 石だ。
 そこら辺に落ちてそうな拳大の石が、祐一の目の前にあった。
 ラクシェが持って来たのだ。
 地面に降ろされ、どこかへ行ったラクシェを待っていたのだが、三十分ほど待ち、不安になり始めた頃に彼女が帰って来た。
 その時に持っていたのが、コレだった。
 戸惑う祐一は、思わず、石を持って来たラクシェに問いただす。
 それを受けてラクシェは、顎をしゃくり上げる動作をした。
 食え、と。そう言っているらしい。
 首を振り、震える声で、

「ちょ……ちょっと、ラクシェさん……? これを食いなされと申すのかい? ……いやいやっ、無理無理! 腹減ってるけどこんな食ったら、絶対腹壊すって! サーカスに出て来るビックリ人間じゃな……ごはぁあっ!!?」

 いい加減、苛立ったラクシェは、己の前足に付いている蹄で器用に石を掴み、祐一の口へ押し込んだ。ラクシェの米神には、太い青筋が浮かんでいるのが、ありありと見える。
 突然、異物を口に入れられ、咳き込む祐一。石のザラリとした感触が、舌を伝う。次いで、泥の乾いた味が口に広がり……あれ? 
 そこで祐一は、はた、と気が付いた。
 しょっぱいぞ……これ……? 口の中にある石を吐き出し、口に残った味覚を確かめる。やっぱり、しょっぱい。
 なにこれ? と言う風に、小首を傾げ、見下ろすラクシェ見る。そして祐一は、今更気付いた。ラクシェもまた、同じ様な石を、口に含んでは、舐めている事に。

「あっ……」

 そこで祐一は、唐突に思い至った。この石の正体に。

「これ、岩塩ってやつか!」

 昔観た教育系の番組を思い出す。地殻変動によって海底の土地が押し上げられ、閉じ込められた海水が蒸発する事によって、陸地で結晶化し、岩塩として現れる事があるらしい。
 塩分を取れるのは、ありがたい。祐一は、素直に思った。
 身体の痺れと気怠さは、水を飲んでも無くならない。それに、指や足が吊って、動き難い事この上ない。
 今なら夏場に、塩分を取れ! と言われる理由が良く分かる。
 とは言え、石は石だ。
 なんとも言えない微妙な表情を作り、仕方無しに岩塩を舐める祐一。
 ラクシェもまた祐一の隣で静かに、舐め続けた。

 祐一とラクシェ。あれから共に歩みを進め始め、一日が過ぎた。
 今、二人は、羽根の指し示す道を、迷い無く進んでいた。と言っても祐一は動けないので、ラクシェの背に乗ってと言う形であったが……。
 視界一杯に連なる山脈。
 彼らは、二日ほど歩き続けた荒野を抜け、山脈へ差し掛かっていた。
 勾配の激しい坂道を、自慢の健脚で踏破して行くラクシェ。
 落ちないように、唯一動く左手で必死にラクシェへしがみつき、背で揺られる祐一。
 その表情は、もう諦めの境地である。
 情け無くて、投げやりな気持ちになるが、仕方ないか……とため息一つ。

(コイツと協力しないと、たどり着けないしな……)

 祐一としても、独力で辿り着きたいのが、本当の所ではある。だが、もうこのボロボロの身体で、まともに立つ事すら儘ならない。
 と言うか、ラクシェが許さない。
 馬上を降り、這って進もうとした途端に、襟首を咥えられ、背に放り投げられるのだ。何度も繰り返せば、今度は引き摺られるので、トロイの英雄リターンズである。勘弁しろ。

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