9話 : 生物本能三大欲求、人間本能四大欲求
誤魔化す余裕もない。僕は激怒していた。
「畜生めが」
怒りの感情が溢れ、言葉になってしまう。それぐらいに許せないことがあった。自制は効く方だとは思っていたけど、今はその限界を越してしまっている。包丁を持つ手が震えるのを抑えられない。
だけど、やらなければならないんだ。以前にこの身に受けたイフリートの炎よりも熱く、濃いこの感情を。許せないという思いを基礎とする怒りが爆発する前に。
その選択を突きつけ、疑問さえも浮かばせなかった周囲に思い知らせてやるつもりだ。決死の気概を持って挑めば彼女も満ち足りるだろう。ゆえに、振り下ろす。赤い飛沫が、大気に舞った。
「ク、クククク」
笑って、振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。ああ、本当によく切れる包丁だ。これならばやれる。満足ゆくものまでに仕上げられるだろう。否、できないはずがあろうか。最初にこれを覚えてより、8年。絶え間ない修行の後に至った位階は、そこらの素人ならば薙ぎ倒せる程に。
ああ、我は無知を憎む一人の戦士ゆえに。知識あるゆえに許容できないことを知った、一人の賢者であるがために。
「さあ、戦おう」
足止めは用意している。メインディッシュが来る前の前菜。だが、決して手を抜いてはいない。きっと喜んでくれていることだろう。そして、それを越えるメインを今より創り上げる。
「敵は、まな板の上にあり」
“食べること。美味、すなわち戦争なのだよ”とは店長の言葉だ。故に従い、我はこれより修羅に入る。風と水しか味わったことのない、ただの一人の存在の。
彼女のあるべき欲求の三分の一を埋めるために。
「ミラに、美味しい料理を作るのだ」
で、完成した料理を持って行くと驚かれた。
「うわ………これ、本当にお前が作ったのか?」
「当たり前でしょ」
「いや………美味ーよ、これ。完成度たけーよ、おい」
出された料理にがっつくアルヴィン。その表情を見ながら、満足だと頷く。下ごしらえもなしに、30分。待たせてはならぬと作り上げた一品は、どうやら美味に足るものだったようだ。
「最初の、レタスとチーズとトマトを挟んだパンも美味かったけどな。いや、これも大したもんだ。肉は少ないってのに、やけに味わい深い………なんだ、魔法の調味料とか入れたのか?」
「料理に魔法は無用。基本こそが奥義と心得ております」
地道な研鑽に勝る調味料なし。あとは愛とか、心とか、想いとか。取り敢えず全部こめてやった。いや、捧げたと言ってもいい。この、無言で料理にがっついている彼女。ミラ=マクスウェルの――――生涯初めてという食事のために。
「でも決してアルヴィンに向けてじゃない。そこんとこよろしく」
「死んでも勘違いしねーよ!」
いや、でも僕も驚いたよ。先ほどまで、ミラの力量と、各々の力量、そして連携の確認具合を見るために受けた依頼をこなしていた。街道横のモンスターを退治して欲しいという依頼を達成して。その後直後に、ミラは倒れたのだ。曰く、腹が空いたとのこと。
それはまあいい。僕も腹が減っていたし、アルヴィンだってそうだろう。だけど、続く言葉に度肝を抜かれた。なんと彼女、今まで食事をしたことが無いという。シルフとウンディーネより、必要な栄養分を与えられていたので問題はないと言った。頭の中が真っ白になった。なんだそれ、という言葉さえも出なかった。
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