10話 : ハ・ミルへ
明け方、僕らは海停の出口前で準備体操をしていた。起きてばかりだからか、身体が硬くなっているためだ。
「よし、これで十分だし行こうか」
「ああ。弁当とやらももったしな」
「いや、ミラさん………さっきあれだけ食べて、もう心は昼食にいってるんすか」
喜色満面なミラを見て、思わず呆れる声がこぼれ出てしまう。昨日の料理の衝撃が強かったらしい。少なからず感じていた壁も、今ではだいぶ薄まっているみたいだ。
「しかし、そんなに食事が楽しみですか」
「ああ。楽しみにしているぞ」
「いや、そんなに不敵に笑わんでも」
何このムダな格好よさ。威厳があった精霊の主が、今ではまるで飢えた狼のようです。
「いや、原因は少年のせいだよなあ?」
「ノーコメントで」
ていうか、料理作っただけであそこまで喜ぶなんて、誰が思うか。
「でも、慎重に行こうって意見は聞いてくれないのね」
「それはそれ、これはこれだ。私には使命がある………一刻も早くニ・アケリアに帰らねばならないのだ」
「分かってるよ。でも、中途半端な時が一番危険だってのになあ」
ミラは昨日の実戦でコツをつかんだらしく、剣を振る様もそれなりに形になっていた。マクスウェルとしての力を失う前までの感覚を、少し取り戻したのだろう。それでも、強行軍ができるような腕にはなっていない。下手な自信は、いらん油断を招くもの。生兵法は大怪我の元なのである。
「大丈夫だ。初歩だけだが、精霊術もいくらかは使える。それに、お前たちが居るのだから多少の無茶はきくだろう」
「それは………まあ、確かにそうだけど」
「だーいじょうぶだって少年。医療術は使えないらしいけど、薬草があるじゃねーか。昨日の内に買い込んでたんだろ?」
いいながら、肩に手を乗せてくるアルヴィン。馴れ馴れしい仕草を横にそっと移動して避け、反論する。
「それでも危ないって言ってるんだ。薬も万能じゃない。速いほうがいいってのは分かるけど、せめてもう一日は連携の確認をした方が良い」
怪我してからじゃ遅い時もある。それに、取り返しのつかないような大怪我をしたらそれで終わりだろう。そこまでいかなくても、骨折以上の怪我をしてしまえば十分に意味のないことになる。そうなったら余計に時間を取られるってのに。
「………駄目だ。連携の確認は、移動しながらでもできる。それにな、ジュード」
「なんだよ」
「私を守ってくれるんだろう?」
じっと眼を見ながら、言う。一切の遊びがない、真剣な眼差し。約束したのだろうと、眼で訴えかけてくる。
「はー………あい分かりました、はいですお嬢様。わーかりましたミラ様ー。降参です、降参ー」
「なんだそのやる気のない返事は。それに、様は止せと言っただろう」
手をあげて巫山戯る僕に、むっとするミラ。見ていたアルヴィンが、手を叩きながら仲裁してくれる。
「はいはい、喧嘩すんなって。連携が鈍って怪我すれば、どっちの主張も通らないぞ」
馬鹿みたいな結果になるぜ、とアルヴィンは肩をすくめながら提案してくる。対する僕は、いくらか納得できない部分もあるけど、折れることにした。
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