待ってました・1
ホグワーツの制服購入には、ダイアゴン横丁にある「マダム・マルキンの店」が指定されている。
ふくよかな店主は、採寸の準備をしながら言った。
「今の時期でしたら、ご連絡頂ければ私どものほうがお屋敷に伺いましたのに」
マルフォイ家の買い物は、基本的に店の人間が屋敷までやってくる。服も、贔屓の仕立屋に来てもらって、デザインや生地を相談しながらオーダーメイドすることが多い。
店頭に並ぶローブを眺めながら、母上が言った。
「ローブを仕立てるだけならそうしていたけれど、他にも用事があったの。仕上がったら屋敷に届けてちょうだい」
店主が済まなさそうに手を止めた。
「申し訳ありません、奥様。新入生のローブの納品に関しては、来月中旬以降と決められているんでございますよ。制服の注文は入学承諾書を返送した後が原則だ、という建前でホグワーツから言い渡されておりましてね。融通が利かないとは思いますが、指定店としてお仕事を頂いている身では、逆らうのも厳しいのが実情でして。もちろんマルフォイ様のご注文品は、納品のできる時期になり次第お届けします。どうかご理解頂けないでしょうか」
「新学期に余裕を持って間に合うなら、べつに構わないわ」母上は意外に寛大だった。
採寸を終えると、銀行で父上と合流して、三人でオリバンダーの店に向かった。
重い扉を開けると、薄暗い店内はぎっしりと積み上げられた木箱で埋まっている。老人が、いかにも年季の入った作業台で木を削っていた。
老人はひょいと顔を上げた。「いらっしゃい」
どこにでもいそうな爺さんだ。ジョン・ハートといえば、『エレファント・マン』と『エイリアン』が有名だけど、『ルワンダの涙』もいいよね。
そんなどうでもいいことを考えている俺の肩を、父上が押した。
「息子に最高の杖を頼む」
声の端が僅かに硬い。
一年前、ドラコは魔法使いの杖を初めて握った瞬間に意識を失った。そして夢が始まった。その後、誰の杖を握っても二度と倒れたことはないが、今日は真っさらな新品が相手だ。再び同じ事が起きないかと、両親は心配している。念のためにホームヒーラーに相談して大丈夫だという見立てをもらっていても、安心できないのだ。
俺も二人のことを笑えなかった。もし一年前のようにこの体が倒れることがあれば、きっとそれがスイッチとなるだろう。つまり夢の終わり。
次に目を開けた時には、俺は病院のベッドの上にいて、全身ギブスで固められた状態かも知れない。もしくはこのドラコ少年の肉体の主導権が、俺からドラコ本人に戻る。
それならそれでいいと思った。
俺の意識を覆うこの肉体には、十歳の誕生日まで本来の主がいた。ということになっている。その主の「知識」と「経験」のお陰で英語に苦労しないのだから、今でもこの体のどこかにドラコの精神は宿り続けているはずなのだ。
それともセミの抜け殻のように知識だけを残して、彼の精神はどこかに飛んでいったのだろうか? 考えても答は出ない。
――どうせ夢だしな。
考えるのを打ち切って、俺は一歩前に出た。
ジョン・ハートに似たオリバンダー老人は、客の緊張を微笑ましい理由と勘違いしたようだ。にこりと笑った。
「初めてのお客様にもぴったりの杖を探し出してみせましょう。まずはこの辺りかな。軸材はブナノキ、芯はユニコーンのたてがみ。11.5インチ。どうぞお試し下さい」
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