ハーメルン
フォフォイのフォイ
空の蟻・1

 芝生が足裏から離れていった。
 跨っている箒が勢いよく飛び上がり、視界が一気に上昇する。
 握った柄の角度を変えれば、箒は思うままに宙を滑った。
 林の上を軽く流していると、屋敷からドラコの両親が出てくるのが見えた。俺はそちらへ飛んでいった。
 二人の驚く顔が早く見たかった。

          ◇

 湖水地方への旅行を経て、ドラコの両親と家族でいることに抵抗はなくなった。今のところ二人も、息子の中身を疑う様子はない。今の状況を客観的に見ると、少年の体を生き霊が乗っ取ったようなものだが、これが夢であることを踏まえれば、何も奇妙な点はない。俺自身が物語の登場人物になったとしても、他人の人生を生きることになったとしても、深く悩む必要はない。

 それはさておき、重大な問題が片付いていなかった。
 魔法学校で主人公に張り合う役柄なのに、魔法が使えない問題だ。

 ホームヒーラーのカンフォラ氏は、その原因を「杖を握って倒れた時のショックを体が覚えていて、魔法を使うことを無意識に避けているから」だと推測している。身に覚えのない恐怖が原因だと言われても、俺には対処のしようがない。
 母上が魔法の使いかたを熱心に教えてくれているが、こつは掴めないままだ。一方、父上は「無理に覚えようとして覚えられるものでもないだろう」と長期戦の構えだ。ハウスエルフの態度は変わらない。ただ何となく、微妙に腫れ物扱いを受けている気がする。

 八月中旬になると、魔法の練習は中断された。更に、俺はまだ魔法使いの杖を持ったことがないことにされた。
 マルフォイ邸にクィディッチのスリザリンチームが滞在するからだ。

 クィディッチは言わずと知れた『ハリー・ポッター』作中のスポーツ。この夢の中でも人気がある。ホグワーツでも学生の課外活動として取り組まれ、学生寮ごとに編成される四チームが競い合う。そして愛寮心を煽る寮対抗戦には、卒業後も関心を持ち続ける者が多い。
 スリザリン寮出身の父上も、チームの後援活動の一環として、数年前から夏期合宿に屋敷を提供していた。なお、普通は学外でチームとして集まることはない。練習やメンバー選抜は新学期になってから始めるものだ。

 そもそもクィディッチは広いコートで行われる空中競技だ。練習場所の確保が難しかった。箒で空を飛び回っても周囲に迷惑が掛からず、非魔法使いに目撃されない場所。それが一番の条件だ。
 その点、マルフォイ邸の敷地は東京ドーム単位で数えられるほどに広い。芝生の庭の周辺には森が広がり、その敷地には非魔法使いの認識を逸らす「マグル除け」の魔法が掛かっている。空を飛ぶ姿を森の向こうから目撃されても、鳥と誤認されるだけ。十分なスペースのある練習場所としても、部屋数の多い合宿所としても最適だった。

 若者たちは、大きな荷物と競技用箒を抱えてやって来た。それをマルフォイ家の三人は玄関ホールで迎えた。
「ようこそ」と、父上は後輩たちに鷹揚に挨拶した。
「今年もご好意に甘えさせてもらいます」キャプテンだろう。体格の良い男子学生が代表して挨拶した。
 彼以外の学生たちも想像より行儀が良かった。学生たちはキャプテンの配った部屋割り表に従い、静かに二階の客室に分かれていった。ミーティングをしたら、早速練習に入るそうだ。

 階段の手すりに凭りかかっていた俺に、何人かは「久しぶり」と声を掛けてくれた。ホストファミリーの一員として、俺も愛想良く挨拶を返しておいた。

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