ある日のゆゆ式
「勉強合宿じゃーい!」
「いえーい!」
ゆずこと縁が右手をグーにして高らかに突き上げながら叫ぶ。人の部屋につくやいなやいきなりなんなんだ。
『叫ぶ』と表現したのは内心の言葉だとしても誇張だったかもしれない。
いつもの部室ならいざ知らず、ここは私の部屋。2人とも分別はあるようで、普段の調子の半分くらいの声量だ。それでも元気のいいこって。
「うるさいっ、ほら始めるぞ」
それにあわせてツッコミを入れる私も私だけど。
――私だって楽しみなのは同じだ。
7月も中盤。窓越しに外を眺めてみると視界に入る、通行人の歩き方、木々の葉の揺れ方、遠くからぼやけて聞こえる気がする虫の声、一つ一つは一年を通して違いを説明できないけれど、それらが合わさって不思議と夏を感じるのだ。ああ、夏だなあ。今年はこれからさらに一段と暑くなるんじゃないだろうか。
今日は土曜日。このメンバーで集まるのも見慣れた光景だ。しかし、今日はいつにもなく、ちゃんとした目的がある。夏休み前に待ち構えるは期末テスト。改まって考える必要もなく、私たちは高校生なのだ。呑気に日差しに炙られて、干物ごっこをしてふと気づいたら夏休みに突入。そんなことにはならない。
そんなわけで、今日は勉強会を私の部屋で……。
ちょっと待て、さっきゆずこは第一声で「勉強合宿」って言わなかったか。
「合宿」って……お泊り会も兼ねているつもりなのか。
どうやら私の予感の的中は、ゆずことゆかりの持ってきた荷物の大きさが傍証しているようだ。どうみても数冊の本と筆記用具だけには見えない。
「なあ、ゆずこのバッグぱんぱんじゃないか?」
くっくっと喉を鳴らし答える。
「今夜はお楽しみだぜ!?」
親指を突き立てさわやかな笑顔を向けてくる。それに同調するかのように、となりでは縁がえへへとニコニコしている。
この部屋の主の私に断りなく2人で宿泊を画策するとはいい度胸だなあ。あとでとっちめてやるか、(おそらく)首謀者のゆずこを。
っとまあ冗談はさておき、両親も2人のことは歓迎してくれているし、もちろん私はやぶさかではない。単刀直入に言うと、うれしいのだ。
「おっこれは唯ちゃん、うれしそうですな。いいんだよ、素直になってもさ」
ニヤニヤと、そしてアホ毛ぴょこぴょこさせといてするどいやつめ。これを引き延ばすと照れくさいから話題転換。
「はいはい、飲み物何が良い?オレンジジュースでいいか?」
すぐに縁とゆずこが返してくれる。
「ありがとうー」
「かたじけなし」
武士か。
飲み物とお菓子をトレーにのせて部屋に戻ると、2人の教科書とノートが私に倣ってテーブルに広げられていた。少し手狭に感じる程度ではあったが、トレーを中央に置くのは少々邪魔に感じたので床に置き、ジュースの入ったコップを手渡す。ゆずこも眼鏡をかけていて勉強モードを醸し出している。私たち3人の準備ができたと判断したゆずこが右手で眼鏡の端を押し上げる。
「では仕切りなおして早速、数学の勉強をしたいと思いますっ」
語尾にザマスとか出だしそうだな。
「わぁーゆずこ先生だぁー、ぱちぱち―」
縁もすぐ乗っかるんだから。先を促そう。
「どこから始める?ゆずこ先生」
「三角関数の例題を解いていきたいと思いますので、58ページを開いてくださいザマス」
「なんだよ『くださいザマスって』」
ってかザマス本当に言ってるし……。
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