ハーメルン
己がために
15話 誓い

 
 腕の中にいるアリスの髪をそっと撫で続ける。アリスは真面目過ぎる子だし、私情よりも役割を優先しようとする。だから、自分が消えるという道を選んでいたわけだし、それを告げるのに相当心を押し殺したはずだ。優しい子だから。そんなアリスを消すなんてことは俺にはできないし、させる気もない。たしかに今ここにいるアリスがアリス・ツーベルクから居場所を奪った。それは否定しようのない事実だ。だが、消えていい生命なわけがない。そんな生命などこの世に存在しない。たとえどんな悪であろうと、見る位置を変えればたいていが正義だ。正義のない悪のみが許されない存在だろう。
 
 ──建前なんていくらでも言える。だが、重要なのは本音だ
 
「そんなわけだキリト。この戦いが終わったら、俺はキリトとユージオの敵に回る」
「だと思ってたよ」

 肩を竦めてヤレヤレと首を振ったキリトは、それでもどこか嬉しそうに頬を緩ませていた。キリトの本音は「選べない」なんだろうな。だからこそアリスの事はユージオの意志に委ねようとしていたのだろう。アリスの記憶を戻し、取り戻すためにここまで来たユージオを優先する。それがキリトの考えだ。
 そして俺の考えは記憶を戻さない。俺が知っているのはこのアリスだけだから。強くて優しくて、そして弱いこの子だけだ。だからこそ俺はこの子を守る。たとえ戦友を敵に回しても、ユージオの意志を蹴り倒してでも。そんな俺の考えはきっと"俺らしい"のだろう。キリトがどこか嬉しそうにしていたのも、俺が変わらない言動を取るからかな。

「んっ、ジーク。もう、大丈夫です」
「そう? っとアリスジッとして」

 顔を上げたアリスに腕を離してくれと頼まれたので、俺はそれに従ったが、アリスの顔を見て止まるように言った。涙の跡があるから、それを拭くためだ。ポケットからハンカチを取り出し、そっと拭いてあげる。俺がハンカチを持っていることにキリトが驚いていたが、俺も驚きだ。シェスキ家に滞在していた間にハンカチを持ち歩くように習性が付いたのだから。元々は持ち歩いてなかった人間だからな。その度に母さんに腹パンされるんだがな。
 
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「なぁジーク。ユージオはどこだ?」
「あーそうだった、そうだった。それについて俺も相談したいことがあってな」
「相談したいこと?」
「ここで話すより、一回見てもらった方が早いな」

 首を傾げるキリトとアリスを連れ、俺は下の階へと案内する。俺が二人に見せたいというか、相談したいことは風呂場で見たあの光景についてだからな。氷漬けになった大きな浴槽に石化した誰かがいるなんて、口で説明して説明しきれるわけがない。
 俺のすぐ横をアリスが歩き、キリトは一歩下がった位置で着いてきてる。なんかキリトが後ろにいるのは慣れないというか、蹴りたくなるな。いつも俺が後ろからフレンドリーファイアしてるから。だが、今回は俺が案内しないといけないから仕方ない。我慢するとしよう。

「ん? アリスどうかしたか?」
「い、いえ。なんでもありません」

 袖を握られたから何かあるのかと思ったんだが、アリスは何でもないという。ならなんで袖を掴んだのかと聞きたいが、それは聞かないほうがいいんだろうな。それに、なんとなく分かる。以前同じようなシチュエーションもあったからな。これでもし違ったら俺は恥ずかしさでさっきの場所からスカイダイブしてやる。

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