ハーメルン
幸せの始まりはパン屋から
第8話

「わっ!あ、ごめんなさいっ!」

香澄は必死になって謝っているから、私は大丈夫ですか、と声を掛けようとして辞めてしまった。だって目の前に転んでいる人は私の知っている人で、昨日の夜、返信が来るのを待ちわびていた君なんだから。

「うん、俺の方こそ前を見てなかったから。君、ケガはないかな」
「あ、はいっ!私は大丈夫です。けど……」

私も正直驚いている。だってこんなタイミングでみゆき君に会うなんてどんな確率!?って思っているし、何より……。
ただみゆき君は転んだだけじゃなくて、絵の具をつけたパレットと水のビンを持っていたのだろう、彼の胸元は色がついた水で汚れていて、制服に絵の具が付いていた。

なんで文化祭の日に絵を描いてるのさ!って思いました。

「ごめんなさいっ!制服、汚れちゃった……」
「ん?あぁ、気にしないで良いよ。俺は美術部だからさ、汚れて当たり前なんだよ。それよりも急いでいたんじゃないの?速くそっちに行っておいで」
「ああ!そうだったっ!」
「せっかく文化祭に来てくれたんだし、楽しまなくちゃ。もし俺に対して悪いな、って思っていたら美術部に顔を出して作品たちを観てあげて。それで良いから」
「はいっ!演劇部が終わったらぜひ観にいきますっ!」

私たち四人は香澄とみゆき君の会話スピードに着いて行けず、演劇部の次の行先まで決まったらしい。香澄はまた走り出したから私たちも追いかけなくちゃ。

「あ……」

私は追いかけようと思って、一瞬止まった。他のみんなは進んでいるけど。
みゆき君とすれ違った時、彼は私に向けてウインクをした。

「さーやっ!速く行こっ!」
「あ、うん」

私は後ろを振り向いてみゆき君の方を見た。
彼はもう歩き始めていたので後ろ姿しか見えなかったけど「安心して」って言っているように思えた。




「すごかったね、演劇部」
「だな。学生が一から考えたものだとは思わないな」

みゆき君とまさかの遭遇をした後、私たちは体育館に向かって演劇を見た。結構ギリギリな時間なのか人気なのかは分からないけど、一番後ろの席しか空いていなかった。

「演劇ってすごいねっ!私キラキラドキドキしちゃった!誰が脚本を書いたんだろう?」
「確か入り口で貰ったパンフレットに書いてあったよ?……えっと、二年生の山手君が脚本を書いたみたいだね」
「何て読むのかな?やまのて君?」

名前の読み方が合っているかと言う真偽は分からないけど良いお話をありがとうございました、って私は会った事も無い人に心の中でお礼をする。

「どうしたの沙綾ちゃん?そわそわしてるけど、何かあったの?」
「えっ?ううん、大丈夫。なんでも無いよ」

演劇が終われば、私たちは美術部の展示を観に行く事になっている。みゆき君がウインクした意図も知りたいけど、まず最初に心配が出てきている。

今日はあの絵の具が付いた制服で文化祭を過ごすのかな、って。
疲れた目をしていたけど、ちゃんと寝ているのかな、って。


「沙綾、もしかして美術部の男の人の事、心配してる?」
「えっ、あ、うん。ちょっとね……」

こういう時のおたえって結構鋭いんだよね。みゆき君と接触してしまった以上、隠す必要も無いと思った私の素直な心境が口からぽろりとこぼれた。

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