10.げろっちまうしかないねー
「それじゃあ、説明してもらおうかしら? 提督。……いえ、海原さん?」
工廠にて夕立・雷・時雨・響・五十鈴の計五隻の建造に成功した僕は、提督室に戻っていた。
大淀ノートに書いてある通り、次は遠征に取り組む……はずだったんだけど。
件の大淀ノートをひらひらと顔の横で遊ばせつつ、不信感を露わにした五十鈴に僕は詰問されていた。
工廠から提督室までの道中、今日の予定を確認するためにノートを開きながら歩いていた僕は、うっかり躓きそうになり、ノートを放り投げてしまったのだ。
僕の後ろでは五十鈴を先頭に、五隻が並んで着いて来ていたんだけど……ノートは五十鈴の足元に滑って行った。
当然、五十鈴はノートを拾い上げる。言うなれば上司が落とし物をしたんだ、大抵の人は善意から拾い上げるんじゃないかと思う。
「やだっ、危ないじゃない! ていと、く……」
ただ問題なのは、僕が何度も開いたために、ノートは同じページを開きやすくなっていたこと。
そして、そこに書いてあるのは提督どころか艦娘にだって分かるような、鎮守府で行うべき最低限の活動内容だったこと。
それは懇切丁寧に記され、誰が読んでも分かるような素晴らしいマニュアルだ。
提督本人が、初心を忘れないよう自ら書き起こすような手記とは違う、初心者を手引きするようなものだったんだ。
五十鈴が不信感を覚えるのはごく自然な流れだった。目の前の男は、本当に提督なのか? と。
そして現在に至る。五十鈴の後ろでは同様に怪訝な表情を浮かべている時雨。さらに、不安そうに成り行きを見守る夕立と雷の姿があった。
響はよく分らない。思慮深いような……あるいは何も考えていないような、感情が希薄な表情で僕を見つめている。
「げろっちまうしかないねー」
「ばれてももんだいなし」
「むしろおしえてあげたほうがいいかも?」
良いんだ。誤魔化す方法を思いついている訳じゃないけど、随分あっさりだね、妖精さん。
でも、隠し事をしなくていいならありがたい。なるべく人と関わらないよう生きてきた。化かしあいなんてしたくても出来ないんだから。
「説明って言われてもな。察しはついてるんじゃないのか?」
僕の皮肉ったような返答がお気に召さなかったようで、五十鈴はノートを提督机に叩きつける。
「っ、じゃあ何? あなたはこんなノート開きながらじゃないと動けないようなド素人って訳!?」
「分かってるじゃないか」
「ふざけないで!!」
……心臓が跳ねた。自分でも信じられないほど、五十鈴の怒鳴り声に驚いてしまった。
そして、なんで……こんなにも胸がムカムカするんだろう。怒りを向けられて、イラついている?
……違う。それくらいなら今までにいくらでもあった。謂れのない罪で糾弾された記憶なんて両手で数えきれない程ある。教室を汚した、なんて小さなことから、同級生に怪我をさせた、なんて大袈裟なことまで。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/2
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク