第7話 お嬢様は人使いが荒い
九州の片田舎でSATUMA人とTSロリっ娘の微笑ましい? 談笑が行われていた頃。関東は東京のある日本家屋の一室では、ピリピリとした嫌な空気が流れていた。その空気の中心にいるのは二十代前半か、それよりも手前だろう若い黒髪の女性……十人中八人は綺麗だと称賛するであろう美少女、あるいは美女だ。一言で形容するなら、現代版大和撫子か。
彼女のネットでのアダ名はアイドルネキ。いわゆるシロ民の中でも、シロちゃんガチ勢と呼ばれる一人であった。
「……で? まだなの?」
身長から察するに高校生か、あるいは大学生か、しかし若い女性だという事だけは間違いないはずの彼女の声は、信じられない程ドスが効いている。少なくとも彼女が今の声を本当に発したのか、二度は確認したくなる程度に。
コワイ黒服のあんちゃん達を彷彿とさせるその声の原因は、多分に不機嫌さが混じっているのである程度は察する事は出来る。だとしてもその原因を暴くよりも逃げる方が得策なのは、誰の目にも明らかだった。
「はい。お嬢様のスケジュールは調整が終わり、歓迎の用意もいつでも始められます。ですが、足が確保出来ません」
しかしその原因に立ち向かう勇者が一人。仏頂面か、鬼の面か、険しさが全面に出た顔付きの男だ。その身体付きはキチッとしたスーツ越しでも分かる程に頑強そうで、実際彼はかなり鍛えられていた。少なくとも戦士ではあるだろう。
「お嬢様は止めろと何度言えば……」
美少女といっていい彼女はそこまで口にして小さくため息を吐く。それどころではないと。
「それで? 空いている機体は無いとでも言われた訳?」
「はい。こちらの条件を満たした機体で貸せる物は一つも無いと。またこれは船も同様で、条件が厳し過ぎるとの事です」
「私は九州から東京まで、ペットを一匹同伴しつつ、二人と一匹が快適に過ごせる物としか言ってないんだけど?」
「失礼ながら、そのレベルが問題かと。特にペット同伴が厳しく、次点で距離がありすぎます。この時点で車の全てと航空機の大半が使えなくなっているのですから、その上で快適さもとなると……」
「━━なに、あんたは私に出来ないと、そう言いたい訳?」
「いえ、そういう訳では……」
絶対零度。そういっても過言ではない圧が、年若い大和撫子から強面の男へと叩き付けられる。男は彼女からの圧を柳に風と受け流し……ているように見えたが、よくよく見れば額に汗が浮き出ている。冷や汗だろう。どうやら彼も一杯一杯らしい。
そんな男の様子を知ってか知らずか、彼女は続けて口を開く。
「いい? 私はシロちゃんに約束したの。私が貴女を東京まで連れて行って案内してあげると。快適な旅を約束すると。例えそれがネットや電話越しの口約束でも、他でもないこの私が、約束したのよ。あんたはそれを反故にしろと言うつもり?」
マグマの様な熱と、吹雪の様な厳しさが男に突き刺さる。彼女のプロデューサー兼護衛である男からすれば比較的慣れた物ではあったが、だからこそ肌で分かる。内に秘める覚悟が違うと。元々プライドがエベレストの様に高く、しかも身内に対する約束には頑固だったが、今回は特に凄まじい。恐らくここで自分が下手を打てば、死人を出してでもシロちゃんとやらを迎えに行くだろうと男は確信した。
だからといって状況は変わらない。出来ないものは出来ないのだから。……いや、そんな事は彼女も分かっているだろう。そう仮定して、ならばと男は妥協点の模索に回った。
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