第11話 お嬢様の手は広い
side:伊藤ユウカ
「こちらリヴァイアサン・ツー。リヴァイアサン号管制へ、着艦許可を求む」
『こちら管制。了解だ、リヴァイアサン・ツー。着艦を許可する。それと、君のお姫様に艦長から伝言だ。受け入れと歓迎、それに出港の準備は終わっている。自分は船酔いしたので部屋にこもるから、船の指揮は自由にしていい……だそうだ。ククッ、散々この船で世界中を巡ってるのに今更船酔いとは、妙な話だとは思わないか? しかもさっきまではピンピンしてたんだぜ?』
「管制、了解した。伝言は必ずお嬢様に伝えておこう。それと、その件に関してはノーコメントだ」
ようやく、ホントにようやく会えたシロちゃんを眺めていた私の耳にそんな会話が飛び込んでくる。念の為と小型のインカムを耳に付けていたせいだろう。良く聞こえた。
私は同じ話を繰り返そうとするマネージャーに手振りで充分だと伝え、操縦に集中させる。このヘリにはシロちゃんが乗っているのだ。墜落は勿論、操縦ミスによる微かな揺れすら許すつもりは無い。
「わぁ……ふわぁ……」
さて、私を恐れてか苦手なのか、船を放棄して自室に引きこもった船長の事なんてどうでもいい。
私は直ぐに視線を元に戻し、ヘリの窓にへばりつく様にしてリヴァイアサン号を熱心に見るシロちゃんを見る。
「ふふ……」
あぁ、思わず笑みが溢れる。我慢なんて出来ない。中学一年生程で止まった愛らしい身体、肩口を過ぎて伸びる長い白髪、爛々と輝く紅い瞳。まるで雪の精霊の様な、それら全てが可愛らしく、いとおしい。
私は今すぐシロちゃんを抱きしめたい衝動を抑えながら、キラキラと輝く紅い瞳に焦点を合わせる。今の今まで困惑を始めとした感情に揺れる事はあっても、基本的にジト目にハイライト無しがデフォだったその目に映るのは私ではなくリヴァイアサン号。そこにドロリした黒いものを感じるも、普段では見れないのだろうシロちゃんを眺めて洗い流す。シロちゃんが楽しそうなのだからいいじゃないか、無理矢理振り向かせるのはナンセンスだ、と。
「わふぅ……」
シロちゃんの側から漏れる呆れた様子の鳴き声。毛並みも良く、体躯も立派な黒い日本犬。ポチ、通称ポチネキだ。私は非常に優秀な番犬である彼女をチラリと見やり、彼女もまた一瞬だけ視線を合わせてくる。
「グルゥ━━」
何を言っているかなんて分からない。だが私が彼女のお眼鏡に叶ったのは間違いないだろう。同時に「妙な真似をしたら殺す」とも。
私はその野性的な殺意を正面から受け止め、また同種の物を叩き付けておく。交差は一瞬。
「グルゥ……」
彼女は興味を失ったかの様に私から視線を逸らして、狸寝入りに戻る。見ようによっては私の圧に屈した様にも取れるが、そんな訳が無い。マウントを取ったのは、あちらだ。
「ふふ……」
本当に、シロちゃんは面白い。可愛いらしいだけでなく、様々な傑物を惹き付けるのだから。
私はポケモンでいうところの『グラエナ』の様な日本犬を視界に入れつつ、彼女達の先生だという老人の事を思い出す。彼もまた傑物……いや、英雄だった。この私があまりの力量差に思わず見栄を張ってしまう程だ。おかげでマネージャーが土産の品を渡す暇を潰してしまったが……まぁ、彼ならどうとでもするだろう。今頃部下を走り回らせてるはずだ。どうせポケットマネーを出したのだろうし、後でボーナスを出してあげなければならないだろう。実に面倒だ。が、しかし……あぁ、全く。シロちゃんはズルい。シロちゃんを知らなければこんなミスをする事も、傑物や英雄と出会う事も、自分がこんなに欲深だと気づく事も無かったのに。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/6
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク