2-3 宝条研究室にて①
生としての肉体を持たない英霊は、気温による影響を受けない。
しかし、人間であるリツカは違う。
肌を突き刺す冷気に身を震わせた彼は、白い吐息を空に浮かべる。
いくら晴れているとはいえ、常に吹雪に覆われる雪山を芯から温めることは不可能であろう。
分厚い雲を退けて差し込む太陽の光は積もる白雪を表面を撫で、きらきらと輝かせるだけであった。
「よーし、行くぞマスター!しっかり掴まってろよ!」
「……安全運転で、お願いね」
リツカを担いだ燕青を筆頭に、山の急勾配を駆け降りる。
どのような断崖絶壁でも、英霊たちの足を止める障害にはなりえない。
レイシフトを繰り返すことにより、その心臓までも鍛えられたリツカは、吹き荒ぶ山の風にも表情を変えることはなかった。ジェットコースターに乗って急激に落下する時のような、内臓が浮くような感覚にももうすっかり慣れてしまった彼は、遠ざかる山頂をぼんやりと見上げる。
任務としてカルデアの外に出るのは、初めてかもしれない。
こうしてカルデアを外から眺めるのは変な感じだ、とリツカが思っていると視界を黒い何かが遮った。
「わ……」
黒い、片翼の翼。
漆を塗ったような濡れ色をしたそれは、天使というにはあまりにも武骨で、悪魔というにはあまりにも高潔なうつくしさを持っていた。
リツカの視界の端で、燕青の動きに合わせ扇のように舞う黒髪とは、また違ったうつくしさがあるように思う。
「ねぇねぇ、おにいちゃん!」
「……なんだ」
「それ、すごくきれい」
「……」
「おにいちゃん……わたしたちも、飛んでみたい。だめ?」
空を舞う翼に特に目を輝かせたジャックが足を止めたかと思うと、セフィロスを目掛けて助走した。
だめ?という問い掛けは、問い掛けではなかったらしい。
とんとん、と僅かな足場を軽やかに飛んだジャックは、そのまま切り立った崖から飛び降りる。
マスターの愛情という名の強化を重ねた体は、山から滑落した程度では大したダメージにはならないだろうが、深い溜息を吐いたセフィロスはその小さな体を受けとめた。
「わあ……!!すごい、おかあさん!!わたしたち、飛んでる!」
「うん、良かったね。ジャック」
「ほう……愛いな、愛い。
どれ、セフィロス。私にもしてみせよ」
「……勘弁してくれ」
「おやおや、楽しそうじゃないか。私も是非混ぜてくれ」
「お前は自分で飛べるだろう」
きゃっきゃと燥ぐその姿は、ただただ微笑ましいに限る。
その生い立ちからか、どこか影を背負うジャックが手放しで喜ぶことは稀であるから、余計にそう思えた。片手でジャックを支えるセフィロスは、柔らかく微笑みながらも揶揄うスカディに、呆れた表情を浮かべた。
そして視界の端で両手を広げた花の魔術師を一蹴すると、リツカたちにペースを合わせるために、一度足場へと降り立った。
どの英霊も、それぞれの魅力を持っている。
魅力とは、容姿や力だけでなく、人柄を含めた意味で、リツカはそれを見抜くことに優れていた。
そして、彼がマスターとして慕われている理由の一つに、それを引き出すことに長けていることがあげられるだろう。本人は無意識であるが、ダヴィンチやドクターをはじめとしたカルデアの職員は、皆その素質に気付いていた。
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