前編 退屈なこの街に春が来て
僕は「春」という季節があまり好きではない。
理由はただ一つ、うるさいのが嫌いな僕にとって、祭りや行事の多いこの季節は悩みの種でしかないからだ。
「明、話聞いてた?」
前の席に座ってた少女が僕に話を振る。どうやら、考え事をしていたせいで彼女の言葉を聴き逃したようだ。
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「もー、しっかりしてよね。ずっとこんな調子だとボクも心配だよ。お姉ちゃんがいなくて生きていけるの?」
「流石にそこまでじゃあないよ。それに美桜ねぇの方こそ僕は心配だね。そのおっちょこちょいな性格はいつも見ててハラハラする」
お互いに気兼ねすることなくものを言い合えるのは、僕達が、いわゆる幼馴染みであるからだろう。彼女――甘利美桜と僕――利根川明は、はとこである。年はふたつ離れていて、僕にとっては姉のようなものだ。そして、家も近いから、生まれてからこうして一緒にいることが多い。とは言っても、今いるのは家などではなく、近くのファストフード店な訳だが。
「それで、なんの話?」
「そうそう、祭りの時に着る服の話なんだけどさ。どんな服にしよっかなーって。桜だからそれっぽい和服にするか、クール風な洋服にするか、それとも奇をてらって宇宙人みたいなファッションにするか悩むんだよねぇ」
「美桜ねぇならどれでも似合うだろうし、好きなものにすれば良いと思うよ」
いわゆる身内びいきと言うやつかもしれないが、美桜ねぇは美人の部類に入ると思う。特に眼には人を惹きつける力があると思う。緩めている時の可愛さも、締めた時の力強さのギャップに惹かれる人間は恐らく多いだろう。
「明に聞いたボクが馬鹿だったよ、仕方ないから他の子に聞いてくる」
ため息をついてから彼女はそう告げ、席を立つ。そして、思い出したかのようにこちらを向いてそう言えばと切り出す。
「祭りは来るよね?」
「行くわけないだろう。僕がああいうの嫌いだってことくらい美桜ねぇも知ってると思ってたけど」
「もちろん知ってるけどね、明がいない祭りなんてつまんないし、当日は迎えに行くよ」
「勘弁してくれ……人混みは嫌いなんだ」
「まあまあ、とりあえず迎えに行くからそのつもりでね!」
そう言って、美桜ねぇは店を飛び出して行った。それにしても厄介なことになってしまった、美桜ねぇは一度言い出すと聞かないタイプだ。去年も同じことになったから、流石に僕も学習している。観念して用意をしておくしかないな、と思いながら僕も席を立った。
ボクは「春」という季節が好きだ。
理由はもちろん、いつも退屈なこの街らしからぬ賑わいがあるからだ。とは言っても別に生まれ育ったこの街が嫌いって訳じゃない。ただ、どうしても田舎なために娯楽が少ないのだ。だからこそ、この時期はテンションが上がる。普段から高いと言われたりもするが、ハイテンションになっているのはこの季節位のものだ。
まあ、自分の名前に「桜」という漢字が使われているというのも理由の一つではあるとは思うのだが。
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