誕生日「燕結芽は夢を思う」
三月三日。
桃の節句、ひな祭り、そう呼ばれる事が多い特別な日。
少女の成長を願う日でもある。
けれど、百合にとっての三月三日は、最高の一日にしなければならない日なのだ。
何故なら、その日はーー最愛の人の誕生日なのだから。
いつも通りなら、朝稽古を行う百合だが今日は違う。
朝早く起きることは変わらないが、百合は朝から食堂の厨房の一部を借りて料理を作っていた。
二ヶ月前にあった自分の誕生日を、結芽は最高のものにしてくれた、なら自分もそうしなければならない。
そんな思いから、百合は誕生日の一ヶ月も前から念入りに準備を進めていた。
誕生日の会場を予約する所から初め、ケーキの構想を考え作り、プレゼントを考え作り、誕生日会の中で出す料理も、前日までに全て下ごしらえやらを済ませてある程の徹底ぶり。
「気合い入ってるねぇ百合ちゃん。そう言えば、今日は結芽ちゃんの誕生日だったっけ?」
「はいっ! 最高の誕生日にしたくて…。準備な大変でしたけど、すごく楽しかったです!」
「頑張りなよ。一年に一度のチャンスなんだから、キッチリ祝わないと」
顔馴染みのオバサンから激励を貰い、料理をする百合の手に一層力が入る。
十八歳の誕生日は一度しか来ないのだ。
最高の笑顔になれる一日にしなければ意味がない。
焼きたてで甘い匂いを漂わせるパンケーキに、カットしたバナナとイチゴを載せて、最後にチョコソースを掛ければ完成。
三段パンケーキの乗った皿とホットミルクをお盆に乗せて、自分たちの部屋に運ぶ。
恐らく、最愛の人はまだ夢の中だ。
何せ、昨日まで遠征任務で、帰って来たのも日付が変わる数分前だったのだから。
(結芽、まだ眠ってるよね。最近撮れてなかったし、写真…取っちゃおうかなぁ)
(……怒られても知らないよ?)
(私も聖に同感だ)
天使の寝顔を写真に残す考えは、同じ体の中にいる母とクロユリからの言葉で即座に破棄された。
今日と言う日は、彼女にとって、結芽の結芽による結芽の為の誕生日だ。
気分を害する行為は許されない。
朝早くから誰とも合わないと思っているのか、百合はとても人様に見せられないようなションボリ顔で廊下を歩く。
…………その時の写真が、秘密ファンクラブでバカ売れしたとかしてないとか、真相は闇の中である。
「……おはよう〜」
「……むにゃむにゃ、まだ朝早いよぉ〜」
「本当に起きなくていいの? パンケーキ冷めちゃうよ?」
「パンケーキ!? 食べる食べる!! も〜、パンケーキがあるんだったら早く言ってよぉ!」
若干のあどけなさが残る可愛らしい顔の頬を膨らませ、結芽は文句を垂れるようにそう言った。
実際は、微塵も文句なんて浮かんでこないが、言いたいから言った。
気分屋な所は昔からさして変わってない彼女は、今でも偶に任務をサボっている。
その事を薫に怒鳴られるのは、百合にとって見慣れた日常風景の一つだ。
「……美味しい?」
「美味しいよ! ホントに美味しい! 察すがゆりだね!」
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