捌話「折れた翼は戻らず、燕は堕ちる」
薔薇の襲撃から四日、百合が眠りについてから二週間が過ぎた。
関東圏でも雪が降るほど寒いこの季節、結芽は制服の上に薄手のコートを羽織り、とぼとぼと歩いて任務から帰還する。
ここ四日ほど、結芽は誰とも口を聞いていない。
可奈美や真希が心配そうに話し掛けても、紫や呼吹が稽古の件で話し掛けても、彼女は全く持って返事を返さない。
イタズラっ子のような笑顔も、小悪魔のような笑顔も、楽しそうにニッカリとした笑顔も、まるで過去のものになってしまったかのように、綺麗サッパリ消えてしまった。
淡々と任務と稽古をこなし、百合の見舞いに時間を割く。
日に日に、百合との面会時間が増えていく。
今も、任務の報告を電話で済ませて、百合の見舞いに行こうとしている。
「……………………」
……稽古の成果は着々と出ているのに、どこまで登っても勝てる気がしない。
だから、諦めかけている。
絶対に取りたくない手を使おうとしている。
きっと、みんなに怒られる方法だと知りながら、百合が望まぬ救われ方だと知りながらも、結芽は禁じ手にーー最凶の悪手に手を出そうとしているのだ。
しかし、誰もそれに気付かない。
結芽が誰とも喋らなくなったから、誰も彼女の考えに気付けない。
異変には気付けても、考えには気付けない。
……ある、一人を除いてはーー
『……やっても、百合は喜ばないよ』
「煩いなぁ…。私の命をどうしようが、私の勝手でしょ?」
『でも、あなたの命を救ったのは百合で、あなたは自分の命を百合のものだと言った。…違う?』
「……………………ウザイ」
『ほら、そうやって逃げる。逃げてても良い事なんてないよ? 稽古、もう少し頑張ってみれば?』
宗三左文字の中に居る聖だけは、彼女の考えに気付いていた。
本当なら手を出す時期じゃない筈なのに、取り返しのつかない道に進もうとしている結芽を、どうにかする為に話し掛ける。
結芽も結芽で、聖の話にだけは耳を傾けた。
どこか百合に似た優しい声音だったから、気を紛らわす為に耳を傾けた。
それ以上の意味は無い、だから説得は効かない。
「……おねーさんには分かんないよ、どうせ負けた事なんてないんでしょ…?」
『そうだね。負けた事は無いよ』
「だったら……何も言わないで」
『……………………』
一方的な言葉で聖を黙らせて、都合の悪い事は耳に入れようとしない。
そうして、燕は深く落ちていく。
天に届く才を持つ燕は、自信という翼を折られて落ちていく。
救わなければならない少女に縋らなければ、燕は生きていくことさえままならない状態にまでなっていた。
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百合が眠る部屋には、所狭しと精密機器が並べられている。
ベットの近くに置いてあるイスに座るのも、一苦労がかかる程の過密さだ。
それほど慎重を期さなければいけない状況だと、医学に精通してない者でも一目で分かる。
結芽はそこで、百合に絶えず話しかける。
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