ハーメルン
金稼ぎの為に巫女を偽ってから、ずっとお腹が痛いです……
嫉妬深い男はやっぱり駄目です




十。


「蓮子も知ってるだろうけれど、信太郎は蓮子に恋慕の情を抱いていた。けれど、その想いは呆気なくご破算してしまう。恋した対象を、四郎という男に颯爽と掻っ攫ってしまったから」

同情するかのような声音で語ったが、実はわたしは信太郎にそれほど同情の念を抱いてはいない。
知ったような口を効くけど、恋愛なんてそんなもん。

好きになる相手は選べない。
いつだって、暴力的に説明の着かない衝動が襲い掛かってくるのだ。そのくせ、その果ての恋愛が必ずしも成就するとは限らないのだから、恋愛とは理不尽と言う他無い。相手にとっても、自分にとっても。
と、恋多き女は語っていた。わたしは良く分からない。けど、女々しい男は好きじゃない。

「想いが狂い出したのは、多分その頃なんじゃないかと思う。だって、好きになった相手は、自分ではない誰かの物になってしまった。だけど、その想いを消すことは叶わなくて、いつまで経っても、未練がましくその人のことを思ってしまうから」

男ってのは未練がましいと聞くけどね。
ここまで未練ったらしい男も、中々いないと思う。

「やがて恋は嫉妬へと、愛は憎悪へと醜く変貌してしまう。……そして、その感情に目を付けた、一体の妖怪がいた」

そして、わたしは目の前の妖怪に指を指した。
するとこの妖怪は、早く続きを言えと催促するように、顎をしゃくった。いらつく仕草だ。

「妖怪は、信太郎に力を貸した。さっきの鋼のような耐久力と、人間を容易く撲殺できるくらいの、馬鹿げた剛力。信太郎はその二つの力を以て、四郎を原型が分からなくなるくらいに……殴り殺した」
「……ッ!」

四郎の死について言及すると、蓮子は声にならない悲鳴を上げた。

その時、蓮子が抱いた感情は、一体如何ほどのことだろうか?

怒り、悲しみ、憎しみ。
全部が正しいように思えるし、混ざり合っているかのように感じる。はたまた、それ以外の感情を抱いているのかもしれない。
どんな感情であろうと構いやしないけど、今その感情に掛かり切りになられると、ちょっと困る。

「あんたが、信太郎の体を乗っ取れたのは、多分何らかの約束事をしたからでしょうね。四郎を殺す力を与える代わりに、蓮子を振り向かせなければ、信太郎の身体を貰い受ける、みたいな」

付け加えると、本来であれば、この妖怪はそれほど強くない。
人の醜くもありふれた感情を糧にするこの妖怪が、ここまで強くなるには、よっぽど人の醜い感情を育てる術を心得ているのか、それとも、妖怪を常識を超えた強化をするくらいの感情を、信太郎は抱えていたのか、そのどちらかが必要になる。
はたまた、両方か。

「結論を言うと、信太郎はまだ生きている。信太郎は遠方から、まるで傀儡師の人形のように操り続けているだけ。けれど、その“糸”を断ち切る術を持つ者は、とても少ない。最低でも、一介の歩き巫女が持てるような力じゃない」
「正解だ!」

妖怪は歓喜の叫び声を上げ、ばちばちと、感激する劇を見たかのように絶え間無く手を叩いている。

しかし、その剛力のせいで拍手の音は、喧々たる騒音となり、妖怪の禍々しい妖気に怯えながらも、しかし、逃げなかった数少ない勇気ある動物すら逃げてしまった。

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