ハーメルン
偽から出た真
第三話 初めてのお使い

「……ここ、何処だろう」


『朔良』はぽつりと呟いた。











話は早朝に遡る。


「起きてください、夜姉様」

『まねっこ』が四楓院夜一に引き取られてから――『雲居朔良』となってから、十日。『朔良』は隣の布団で寝ているこの屋敷の当主を布団ごとゆさゆさと揺らした。共に過ごして判ったことだが、彼女は朝が弱いらしい。低血圧には見えないというのに、何故だ。
ともあれ、夜一を起こすことは『朔良』の日課になりつつあった。揺さぶっても起きない時は、ぺしぺしと頭を叩く。それでも起きなければ最後の手段、『まねっこ』としての本領を発揮する。


「『コケコッコーー!』」


耳元でニワトリの真似をすれば必ず飛び起きる。ぶつからないようこちらも素早くかわさなければならないのが難点だが。

「おはようございます夜姉様」
「……おはよう。お主……やはりこの起こし方はどうかと思うのじゃが」
「えーでも遅刻しちゃいますよ?」
「昨夜は書類を持って帰って仕上げたのじゃ。少しくらい寝坊させろ」
「でもそれって、急がないといけないお仕事だったからなんですよね。遅れていいんですか?」
「…………」
「夜姉様?」
「……朝飯じゃ。行くぞ、朔良」

いきなり話を変えた夜一に怪訝な顔を向けるものの、お腹も空いていたので貰った着物にさっさと袖を通す。
『朔良』と呼ばれるのにはようやく慣れてきた。屋敷の決まり事も覚え、今はいろいろな作法を学ぶことに奮闘中だ。
朝食の時、夜一は今日はどうするのかと聞いてくる。

「お琴を教えてもらいます。あと、きー兄様から借りた本の続きを読もうかと」
「熱心なことじゃな」

三日前、喜助が時間を見つけて訪ねてくれた時に借りたもの。それは鬼道の本で、詠唱や霊力の編み方などの基本が書かれた初心者用だった。喜助曰く、朔良は見たもの聞いたものを再現する記憶力と表現力は素晴らしいが、それ自体に関しての知識は乏しいとのこと。最低限の知識は付けておくべきだ、とも。
彼の意見を素直に受け入れ、朔良はまず鬼道の勉強を始めたのだ。

「今日は早めに帰ることにするからの、明日また料亭で披露する予定の物真似を見せてくれ」
「はい! 腕によりをかけて磨きます!」
「……使いどころ間違っとる上になんか変じゃぞ」

苦笑し、わしゃわしゃと朔良の頭を撫でてから出かけた夜一。門から手を振って見送った朔良は同じく見送りに来ていた使用人たちにも手を振ってから、本を読む為部屋に戻った。

「……ありゃ?」

文机の上に置いてあった本を手に取ろうとして、その隣にある紙の束に気付いた。じっとそれを見ていたが、綴られている文字にふと思い至ることがあった。これは、もしや。

「昨日夜姉様が仕上げてた書類じゃ……」

そういえば彼女が「終わった終わった」と言った後、そのまま机の上に放置していたような気がする。墨を乾かす為だったのかもしれないが、忘れてしまうとは。『隠密機動』という文字があったのでそれと気付けたものの、どうしたものだろうか。

「うーーーん……」

どうしたものかなどと思いながら、朔良は選択肢が一つしかないことを判っていた。と言うより、他に選択肢があったとしてもそちらを選ぶ気はなかった。

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