ハーメルン
眠る前にも夢を見て
#5 世界を渡る力

 モモンガとフラミーが円卓の間で話していると、不意にノックが響いた。
 顔を見合わせ、二人は高速で身なりを確認し――「入れ」と命じるのはモモンガだ。

「失礼いたします。モモンガ様。フラミー様。」
 そう言って入室したセバスに続き、数十種類の紅茶の茶葉が乗せられたサービスワゴンを押すメイド、手の平より小さなプチガトーとプチサンドイッチが乗せられているサービスワゴンを押すキノコ頭の副料理長が入ってくる。
 そして、続くは料理長。料理長の背には巨大な中華鍋が背負い込まれており、締まりのない上半身は裸だ。そして、そこには大きく「新鮮な肉!」と入れ墨が彫り込まれていた。オークに良く似た顔立ちだが、彼はより野獣的なオークスという種族だ。
 モモンガはワゴンの上に乗る美食であるに違いないものたちを前に、ないはずの唾を飲み込んだ。
 この見た目の料理長が作ったとは思えない、実に繊細なガトーの数々だ。

「モ、モモンガさん!見て!見て下さい!すっごく美味しそう!」
 犬なら尻尾を振ってハッハッと息を荒くするんじゃないかと思うようなフラミーの様子に羨ましくなる。
「見てますよ。はは……うまそうだなー……」
 モモンガは苦笑していた。この骨の体では食事なんてとても出来そうにはない。この体が憎かった。

 料理長――その名も、シホウツ・トキツ。
 シホウツ・トキツは一見二足歩行の猪にも見えるほどにでっぷりとした体からは想像もつかない機敏さでモモンガとフラミーの下へ駆け寄り、即座に片膝をついた。
「モモンガ様!フラミー様!お疲れかと思い軽食をご用意いたしました!副料理長のピッキーがお取りしますので、まずはこの私よりメニューの説明をさせていただきます!」
 シホウツ・トキツに紹介され、ピッキーは一歩前に出ると紹介するであろうプレートへ恭しく手を添えた。
 美味しそうだと自慢の料理を早速至高の存在達に褒められ、シホウツ・トキツのテンションは相当上がっていた。
 セバスはなんと幸せなんだろうか、と仕えることを許された今という時間を噛みしめた。

「それでは――」ごほん、と咳払いをしたシホウツ・トキツの背には気迫が炎となって立ち上がっている。――ように見えるほどだった。
 それはまさしく、俺はやるぜ!俺はやるぜ!だ。
 しかし、シホウツ・トキツの丁寧かつやる気満点だった説明はまるで呪文のようで、モモンガはもちろんの事、フラミーの頭の中にも何一つ残らなかった。
 二人はリアルでは液状食料と呼ばれるパウチに入った物ばかり食べていたのだ。ちゃんとした料理の説明など受けたこともないし、下手をすれば食べたこともないかもしれない。

 フラミーは欲張りすぎかと思いつつも、「とりあえず一つづつ」と言い、ピッキーはメイドと揃ってせっせと配膳をした。
「モモンガ様はいかがなさいますか!!」
「……うん、私もとりあえず一つづつ頼む」
「畏まりました!」
 シホウツ・トキツはニッと男臭い満面の笑み――だと思われる――を浮かべ、ピッキーとメイドは流れる動きでモモンガの分も取り分けた。
 食事はできないと思われるモモンガの前にも同じものが並んでいく。
 いくつもカトラリーが並び、フラミーは一瞬目を白黒させた。大きなフォーク、小さなフォーク、二股のフォーク、小さなスプーン。とにかく大量だ。
 どうしたものかと思っていると、ピッキーから「どうぞお召し上がり下さいませ」と小さく一声掛かった。

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