第18話
なんとなくの分担ではあったが、カレーの下ごしらえも米研ぎも終えた。これで俺たちの分はきちんと準備が整った。
飯盒をセットし、鍋のほうでは肉と野菜を炒める。あとはじっくりことこと煮込むだけ。
周囲を見渡せば、炊ぎの煙があたりに散見できる。
小学生たちにとっては初めての野外炊飯だ。苦戦しているグループも結構あるように見受けられる。
「暇なら見回って手伝いでもするかね?」
「まぁ小学生と話す機会なんてそうそうないしな」
葉山は結構乗り気なようで、そんなことを言う。
「いや、鍋、火にかけてるし」
「そうだな。だから、近いところを一か所くらいって感じだな」
そういう意味で言ったんじゃねぇよ……。なぜか俺が賛成前提で意見出したことになっていた。普通に考えれば鍋を火にかけてるから行けないよね?ね?って意味だろうが。
「俺、鍋みてるわ……」
宣言し、早々に離脱、Uターンを決めたのもつかの間。
「気にするな比企谷。私が見ててやろう」
俺の前に立ちふさがったのはニヤニヤと笑う平塚先生だった。ちくせう。
小学生たちは高校生の登場でえらい騒ぎである。さすがはリア充と賞賛したいところだが、実際は違う。
小学生というのが一番大人を舐めているのだ。
お金の価値も、勉強の意義も、愛の意味も知らない。与えられるのが当然だと思っていて、世の中の上澄みを啜ってわかった気になっている年代だ。
中学、高校へと進むうちに挫折や後悔や絶望を知り、世界が生きにくいものだとわかるようになってくる。
あるいは、聡い子であればすでにそのことを知っているのかもしれない。
例えば、そこで一人だけ弾かれている、ぽつんと、一人きりで存在を薄くしているあの少女とか。
「カレー、好き?」
葉山が留美に声をかけていた。
それを見て、両隣からため息と舌打ちが聞こえる。
同感。
悪手、である。
ぼっちに声をかけるときは密やかにおこなうべきだ。周りが騒いでおり、多少の距離があるとより好ましい。
葉山が動けば葉山の周りも動く。話題の中心が動けば、小学生たちもそれに付き従う。
これだけで留美は一躍中心人物だ。
高校生からは好奇の目に晒され、同級生からは「なんであいつが?」という嫉妬や憎悪を向けられる。
こうなってしまえば葉山の質問にどう答えようが確実に悪感情が発生する。
「……別に。カレーに興味ないし」
となるとこの場は戦略的撤退しか手がない。最初から他に切れるカードなどないのだ。
留美はなるべく人の目を集めないような場所へと動いた。すなわち、俺のいるところである。ちなみに雪ノ下も拓也もこちら側にいる。
葉山は少し困ったような寂しげな笑顔を浮かべて留美を見ていたが、すぐに他の小学生たちの相手に戻る。
「じゃあ、せっかくだし隠し味入れるか、隠し味!何が入れたいものある人ー?」
聞いたものを引きつける明るい声だ。おかげで留美に張り付いていた嫌な視線がぱたりと途絶える。
小学生たちは、コーヒーだの唐辛子だのと次から次へとアイデアを出し合う。
「はいっ!あたし、フルーツがいいと思う!桃とか!」
ああ、ちなみに今のは由比ヶ浜だ。あいつなに参加してんだよ…。
葉山が何事か言うと、由比ヶ浜は肩を落としてこちらに向かってとぼとぼ歩いてきた。どうやらやんわりと邪魔者扱いされたらしい。
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