妹の小町がジャムを塗りたくったトースト片手に熱心にファッション雑誌を読んでいる。それを横から覗きながら俺は朝のブラックコーヒーを飲んでいた。時刻は七時四十五分。
「おい、時間」
夢中になって雑誌を読んでいる妹の肩を肘で小突いてやり、そろそろ出かける時間だと教えてやる。小町ははっと時計を確認する。
「うっわやばぁ!」
そう言うと小町は慌ただしく制服に着替え始める。その横で俺は砂糖と牛乳を引き寄せる。MAXコーヒーで育ったとも言われている生粋の千葉っ子の俺はコーヒーは甘くなければいけないのだ。
「人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい……」
独り言を呟いた後、甘々としたそいつを飲み干す。うまいな……。
「お兄ちゃん!準備できた!」
「兄がまだコーヒーを飲んでるでしょうが……」
かれこれ数ヶ月前のことになるが、一度このアホな妹を自転車の後ろに乗っけて中学校まで送ってやったことがある。それ以来、なし崩し的に俺が送っていく回数が増えた。
女の涙ほど信用ならないものはない。おかげで俺の中での女性=妹の小町のように男を利用するもの、と刷り込まれている。
「俺が女性不信になったらお前のせいだぞ。結婚できなかったら老後とかどうすんだよ」
「そのときは小町がどうにかしてあげるよ?」
ニッコリと微笑む小町。その表情はどこか大人びていた。
「頑張ってお金溜めて介護施設とか入れてあげる」
大人びているというか、ただの大人の意見だった。
「……やっぱりお前、俺の妹だよなぁ」
そうため息をつきながら、玄関を出て自転車にまたがる。間髪入れずに小町が乗り、俺の腰に腕を回す。
「レッツゴー!」
「お前、感謝とか全然してないだろ」
軽快に走り出すと、小町が話しかけてきた。
「今度は事故ったりしないでね。今日は小町乗ってるから」
「俺が一人のときなら事故ってもいいのかよ……」
「お兄ちゃんときどき腐った魚みたいな目して、ぼーっとしてるとこあるから心配なんだよ。これは妹の愛だよ?」
俺だって家族に無用の心配をかけるのは本意ではない。
「……ああ、気をつけるよ」
何はともあれ、安全運転である。
俺は高校入学初日、交通事故に遭っている。高校付近で犬の散歩をしていた女の子の手からリードが離れ、そこへ運悪く金持ちそうなリムジンが来た。気がついたときには全力で走り出していた。
「でもさ、早く治って良かったよね」
「骨折したわりにはな」
「そういえばさ、あの事故の後、あのワンちゃんの飼い主さん。うちにお礼に来たよ」
「……らしいな」
「あれ?お兄ちゃん寝てたよね?」
「拓也から聞いたんだよ」
「あー、確かに拓也さんに写メ送ったなぁー」
「なんで被害者の俺があずかり知らぬところで勝手にやりとりやってんだよ……」
「でもさ、同じ学校だから会ったんじゃないの?学校でお礼言うって言ってたよ?」
「お礼ね……」
拓也から聞いた通りなら、女の子というのは由比ヶ浜のことだろう。
あいつの言うお礼というのは俺への同情という意味で話しかけることなのだろうか。そんな考えが頭に日に日にに浮かんできている。
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