天使と悪魔の集う食堂
「シャー芯貸して」と、授業の度に手を合わせてくる人間がいる。
俺も数多くの友人がいた頃は、たびたびそんな頼みを聞いていた。頼んでくる人間は大抵固定されており、彼らは毎度当然のように俺から一本のシャー芯を借り受ける。
しかし、どうだろう。俺は何か釈然としない。「貸して」という言葉とは裏腹に、貸したシャー芯一本が返ってきたことは一度もない。逆に断ろうものなら、シャー芯一本も『貸さない』自分が、いかにも器の小さい人間に見える。
シャー芯を『貸す』ことを疎む人間の器が小さいのか、シャー芯を『貸して』という人間の面の皮が厚いのか、果たしてどちらなのだろう。
「つまり、だ。春辺。お前は何が言いたい」
「なに、今ので伝わらなかったのか?」
「まったくわからん」
昼休みの食堂。天真は俺の金で買った天ぷら定食のエビの尻尾をかじり、首をひねる。俺はから揚げ定食についてくる味噌汁をすすり、ため息を吐く。全くこんなこともわからないとは、天使と言う輩は人間のことなど何もわかっていない。
「『貸した』奴はいくらでも、いつまでもそれを覚えている。『借りた』やつはそんなことはすぐ忘れようとする。平気で踏み倒す。俺は基本的に、書面抜きで貸したものは返ってこないことが当然だと考える」
付け合わせのたくあんを頬張り、俺は人差し指を立てる。
「だから俺に物を借りようとするときは、『貸してくれ』ではなく、『恵んでくれ』と言えと俺は言う」
「やっぱりわかんないな。そんな言葉遊びに何の意味がある」
「違う。これはいつもの言葉遊びじゃあない、簡単な話だ。貸したものは返ってこないなら、俺は『こいつになら貸したまま返ってこなくてもいい』と思う奴にしか、ものを貸さないことにしているだけだ」
「それが、そいつにいいように利用されていてもか?」
「ああ」
「催促もしない?」
「もちろん」
天真は俺の金で買ったデザートのプリンに舌鼓を打ち、いかにも話半分に俺の話を聞く。
「貸し借りってのはそんな単純な話じゃない。どんだけ面の皮が厚い奴でも、踏み倒している罪悪感は残るものだ。その自覚があれば、相手は俺を避けるようになる。そしてその状態で俺が不意に近づけば、相手は知らずの内に俺の多少の無理は聞くようになる」
「お前、性格悪いな。友達いないだろ」
「お前にだけは言われたくないな」
俺は最後に残しておいたから揚げに手を伸ばし、話を締めくくる。
「つまり俺がモノを貸すのは、返ってこなくても将来的にリターンを回収できると思った相手だけだ。お前もその自覚をもって――ってお前、それ俺のラストのから揚げえええええ!!!!!」
「ん?これだけ最後に残してるから、嫌いなのかと思ってたわ。うまかったぞ。残すのはもったいない」
「てめえ、本当に俺に金借りてる自覚あんのか!!!さっさと返せ!!!」
「十秒前のお前に聞かせてやりたいな、そのセリフ……」
思わず目の前の天真の肩を揺さぶる。距離が少しあるため微妙に手が届かない。彼女はプリンを堪能しながら、目を細めて俺を見る。
「ガ、ガヴ。あんた流石に春辺君にお金返しなさいよ……」
「そうですねー。こんな得体の知れない男に貸しなんて作ったら、後で何を要求されるか分かったものではないですし」
「そ、そうよ!そこの私の第一の配下の言ったことはよくわかんなかったけど、とにかくガヴリール、あんたちゃんとお金は返しなさいよ!踏み倒すことは、どーとくてきに良くないんだから!」
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