一話
予備校の帰り道。
ぼーっとして歩いていたら、道を間違えて薄暗い路地に入ってしまった。
ふと目に入ったコーヒーショップ。何か吸い込まれるように店の中へ。
「いらっしゃいませ」
「あ、ど、どうも」
「高校生とは、うちの店には珍しいお客さんだ。カウンターへどうぞ」
「は、はい」
コーヒーとタバコの匂いが漂う。
「難しい話をしてもわからんだろうから、ブレンドでいいかい?」
「じゃあ、それで」
素人でもわかる丁寧な作業でコーヒーを煎れるマスター。
「はい、ブレンドね」
「あ、ありがとうございます」
いつものように、砂糖とミルクを入れようとすると、マスターに止められる。
「まずは、ブラックで飲んでみてくれ。それで飲めないなら、砂糖とミルクを入れな」
「は、はぁ」
ブラックのコーヒーは苦手だが、口にふくんでみると…。
「うまい…」
「だろ。本当に美味いコーヒーはブラックで飲めるんだよ」
苦味と共にくる旨味。そしてほのかな酸味が口の中をすっきりとさせる。
「お兄さんも、ここのコーヒーの味がわかったかい」
奥に座る老紳士が語りかけてきた。
「はい。とても美味しいです」
「それはよかった。マスター、彼の代金は私の伝票につけてくれないかな?」
「そ、そんな!悪いですよ!」
「ここの味を知ってくれた同士だ。おごらせてくれないか」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…」
しばらく三人で他愛もない話をして、その日は店を出た。
翌日、奉仕部の部室。
「ヒッキー、遅いね」
「そうね」
「私より先に教室出たのに」
そんな会話をしていると、部室の扉が開く
「う~す」
「ヒッキー、遅い!」
「そうよ。連絡ひとつ、まともに出来ないのかしら」
女性陣から非難の声があがる。
「悪かったよ。ちょっと寄り道してたんだよ」
「そう…。では、紅茶を淹れましょうか」
「わ~い、お茶の時間だ」
「悪い、俺は今日はパスだ」
すると、鞄から数本の缶コーヒーを出す。しかも、全部ブラック。
「ひ、比企谷君、どうしたの?」
「MAXコーヒーじゃない!しかも、ブラックだよ!ヒッキー、どうしちゃったの!?」
「いや、なんとなくだけど」
「『マッカンを飲まないなんて千葉県民じゃない』と言ってた貴方が…」
「『マッカン飲まないと死んじゃう』て言ってたヒッキーが…」
「そこまで言ってないからね。言ってないよね?」
文庫本を読みながら、一本目の缶コーヒーを口にする…。
「ん…。これはこんなモンか…」
「ヒッキー、苦くないの?」
「まぁ苦いな」
「どうしたのかしら?貴方の人生に甘いことなんてないはずよ」
「まぁな。だからマッカンだったんだけどな。なんとなく、のんでみたかったんだよ」
「そう」
小説を読みながら、別の缶コーヒーを口にする。
「こっちはダメだな」
「コーヒー飲みながら、独り言を言わないでくれないからしら。気持ち悪い」
「悪かったな」
そんなやりとりをしながら、部活の時間は過ぎてゆく…。
[1]次話 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/1
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク