結論だけを言えば、成り済ましは拍子抜けするほどに完璧だった。
留守を守っていた家臣達は、いきなり現れた王にぎょっと目を丸くしたものの、すぐに我を取り戻し、眼前の王に仰々しく頭を垂れた。
外見だけで言えば、円卓の騎士でさえ見抜けないだろうというモードレッドの変装だ。当然と言えば当然。ただの一兵卒が、誉れ高き王に対し、まさか偽物かと疑う訳にもいかない。
それに加えてアーサー王に扮したモードレッドは、ランスロット討伐の遠征から引き返してきた理由として、誰もを唸らせる答えを用意していた。
「一人の騎士の不義に、我を忘れ遁走する場合ではない。円卓の結束に綻びが産まれ、国全体が揺らいでいる今こそ、私が上に立ち民を率いなければいけない。故にこそ単身翻し、この王座に就くことを選んだのだ」
我ながらよく出来た回答だった。円卓の末席であり比較的自由に動き回れたモードレッドは、女たらしのランスロットの不出来な行いと、それに引っ掻き回される王の行動について、臣下が密かに不満を募らせている事に気付いていた。
王が完璧でも、民が人である以上、齟齬は必ず産まれる。それによって発生した民衆の不満は、復讐にも懐柔にも利用できる。モードレッドは類い希なる剣の才の他にも、人の機微を読み隙間に付け入る狡猾さも併せ持っていた。
一人の懲罰よりも国が大事。そう言う王が、全くの別人であることに気付く者はいない。むしろ、やっと国政に集中してくれると、ほっと胸を撫で下ろす者までいる始末だ。
そんな訳でモードレッドは、あっけなく玉座に座り、並み居る家臣達に平伏して迎え入れられる事になった。
騎士が居並ぶ円卓ではない、情勢の報告や謁見に用いられる玉座だ。数段高く作られたそこでは、謁見の喜びに輝く、仰ぎ見る視線があちこちから注がれる。
アーサー王に扮したモードレッドは、凜々しき王らしく表情をキリリと引き締め……
その実内心、天井を突き破る程に浮かれきっていた。
(うっひょぉぉ……! ひっれえ。たっけえ! 視線がむず痒……うおお、むずむずするぜぇぇぇ……!)
人生初の、玉座である。
憧れの王の目線である。
浮かれるなという方が無理がある。どれだけ平静を装っても、頬がうっすらと紅潮し、唇の端がにんまりとつり上がる。
ほんの数日前。ただの一騎士であった頃は、ここに座る事など考えられなかった。
だが、自分は王の息子である事を知った。その瞬間、彼女の中に、王位を譲り受ける正統な資格が産まれたのだ。憧れの王座に、自分が座る。それを夢想しない訳がない。
夢に描いた光景、今ここに実現している。誰もが尊敬の目で自分を見つめている。
この瞬間だけは、怨念も復讐も忘れ、王の視線に酔いしれていた。
視線のむず痒さにもぞもぞと身を捩り、無闇に肘掛けをスリスリさすってみたりする。
(すっっっげえぇぇ。父上はいつもこうやって民を見下ろしてんのか。そりゃ優越感じるよ、人間越えちまうわ……いやもうたっまんねえなあコレぇ!)
「あの……いかがされましたか?」
「ん、んん。大丈夫だ、何も問題ない」
家臣にそう訪ねられてやっと我に返り、キリリと表情を引き締める。そうなれば彼女の姿は、誉れ高きアーサー王と寸分違わず同じになる。
その威光にほっと胸を撫で下ろしながら、家臣が嬉しそうに言った。
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