報告書の通り、謀反の現場はちっぽけな砦だった。
限界まで兵を駐在させても、五十人がせいぜいだろう。王都から国境僻地の間にある、どうあっても要所とは言えない区画だ。
そこで反旗を翻した兵士は、たったの十人。城壁を血で濡らす必要も無く、砦の奪還はものの十数分で終了した。
履いて捨てられる程の、あっけない戦いだった。
「……つまらん」
小声でそう吐き捨て、王は今まさに襲い掛かる反逆者の首を、振り上げた剣ごと跳ね飛ばした。安物の兜で覆われた頭部が、踏み荒らされた土の上で弾み、血糊の線を引く。
(王に反旗を翻すというから、どれだけ気骨のある奴かと期待していたら……雑兵も雑兵。蟻の群れの方がまだ潰しがいがあるぜ)
血で滴る銀色のクラレントを担ぎ、王に扮したモードレッドは、心の中で深々と嘆息した。
モードレッドとして剣を振るう時にも、こういう事があった。気が触れたか己の矮小さが嫌になったか、時折こうして、分不相応に謀反を企てる馬鹿が出てくる。
そういう奴ほど、剣はド下手で、度胸も据わっておらず、みっともなく生き恥を晒す。斬っても全く気持ちよくない。辟易とさせられるばかりだ。
クラレントを振り、べっとりと付着した血を払う。そうして、城内を検めていた兵士の一人を呼び止める。
「もう終わりか?」
「はい、砦は奪還し、民の安全も確認できております」
「そうか……敵に生き残りはいるか」
「主犯と思しき一人を、鎖につないでおります……あの、光栄でした。王の戦いを、まさかこのような場所で見ることが出来るとは……」
「世辞はいらない。その男の場所まで案内してくれ」
兵士に先導されるまま砦を回れば、身動きを封じられた兵士が、城壁にもたれて項垂れていた。
痩せこけた壮年の男だった。髪も髭も黒いが顔に刻まれた皺が深く、年齢以上に老けて見える。放っておいても、冬が来れば病に倒れて朽ち果ててしまうのではと思えた。
老兵は歩み寄る王に驚きの目を向け――それから厭世的に、喉を絞るような笑い声を上げた。
「一体これは何の冗談だ? まさかこんな小さな砦に、王自ら裁きに下るとはな……王都の快適な暮らしに飽きて、刺激欲しさに殺しに来たと見える」
嘯く老兵。その文句に苛立ちながらも、表面上は努めて冷静に、王は老兵の前に立つ。
「お前に問おう。何故我がブリテンに剣を向けた」
「何故か……だと?」
その瞬間、命を諦めるばかりだった老兵の目に、怒りの炎が宿った。身体を縛る鎖がジャラと重たい音を立てる。
「決まっている。民のためだ。無慈悲な王に殺される位なら、せめて一糸報いて死んでやろうと、我らは剣を取ったのだ」
老兵の目に爛々と宿る光は――モードレッドの抱くそれに勝ることはなくとも――彼女の心によく似た、恩讐の炎であった。
その目に僅かに狼狽しながら、王は首を振って彼の言葉を否定する。
「それは違う。私は民を殺そうなどとは――」
「っく、は……くははっ。やはり我らが王は甘い。視野の狭い蒙昧だ。こんなガキが王とは、ブリテンも先は長くはあるまい」
反射的に右手がクラレントへと動いていた。喧しい顎を削ごうとした手を、剣の柄に乗せた所でぐっと堪える。
殺戮の本能を理性で押さえ込む。その様子に何を思ったか、老兵は蕩々と語り始める。
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