ハーメルン
たとえば、こういう親子喧嘩

「王よ、一体何をお考えなのですか!?」

 市中凱旋から数日後、王城キャメロットの謁見の間に、泡を食ったような叫び声が響き渡った。
 声を張ったのは、資源管理を担う事務官の一人である。彼は膝を着き手にした一枚の羊皮紙を、王宮に並び立つ全員に見えるように翳して見せた。
 勅命書と題されたそこには、王による血印が押されている。内容は、現在空き地となっている王都の一画の、施工指令である。
 王より唐突に告げられたその内容に、誰もが怪訝に眉を潜めていた。謁見の間に並び立つ騎士団は、皆王座に座る王に、訝しむような不審の目を向けている。彼等の意見を代弁するべく、事務官は口火を切る。

「王都の工事計画を勝手に乱されては困ります。あの空き地は、ルドレ司祭が新たな教会を建設するとして仮押さえをしていた場所です!」
「そうか? 返してくれと頼んだら、すんなりと承諾してくれたぞ」
「……お、王自ら行かれたので?」
「ああ。強引な願いであったからな。ちゃんと丁寧にお願いさせてもらった」

 ここで言う丁寧とは、もちろん鎧をまとい帯剣した戦装束の事である。
 王による恫喝が行われたとは知らない事務官は、狼狽えながらも、更に王を問い詰める。

「そ、それで新たに建築するのが……製粉場? こんな物をいきなり作って、誰が従事するというのですか」
「親の無い子供だ。どうせ野垂れ死ぬのであれば、せめて粉ひきにでも活用してやったほうがいいだろう」
「その為に、特注の製粉機までお作りになられるのですか? それに、麦は? 粉を挽く麦はどうされるのです。王も既にご存じの筈。我が国には、悪戯に振りまくほどの備蓄は――」
「あるだろう。我が王城に、それこそ山のように」

 王の指摘に、謁見の間はにわかにざわめいた。誰もがぎょっと目を丸くし、王を見据える。あんぐりと開いた口は、言葉は無くとも「とうとう気が触れたか」という内心を良く現していた。

「わ、我々騎士団の食料を、民に振りまくというのですか?」
「そうだ。元より民が育てた作物だ。彼等が必要な分を喰う権利は、当然にしてあるべきであろう」

 動揺は、次第に大きな溜息へと移っていった。居並ぶ騎士の表情には、失笑と、王に対する失望に緩んでいる。
 事務官はやれやれと言わんばかりに、頭に手を乗せ首を振った。その嘲笑するような仕草に、王が表情を崩さないまま、拳を割れんばかりに握り締める。

「騎士団の重要性をお忘れですか。国には未だ賊が現れます。諸外国が付け入る隙を伺い、牙を研いでおります。剣を持つ力が緩めば、立ちどころに国が瓦解しますぞ」
「賊の正体は、国に不満を抱いた民達だ。反乱の芽を摘んだ所で、土が治らねば直ぐに新しい反乱が産まれる。放置しておけば、諸外国を待たずとも国は内側から瓦解するだろう」
「ッ……お気を確かになさってください。貴方は我々を導く存在。いつものように迷い無く采配を振るっていただかなければ、我々は――」
「う――るッせえんだよ!! ケツに付くしか能のねえヒヨコどもが!」

 肘掛けを殴りつける凄まじい音が、謁見の間に木霊した。
 しいん、と、恐ろしい静寂がキャメロットを包む。誰もが、自分に浴びせられた罵声を、信じることができずにいた。
 思考も魂も凍り付いた彼等を、王は煮え滾る激情を瞳に宿し、一人一人睨み付ける。

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