第05話 ヒモの汚名を雪げ
「えーと次は……三角関数か。……紙も消耗品ってわけじゃないのにどうやってここまでたどり着いたんだ……? 考えた人天才だろこれ」
部屋の中でひとり机に向かいブツブツと何やらつぶやいている大和。端から見れば、完全に不審者である。
どうしてこんな状況になったのか。
それは一月半ほど前、彼の妹と西平太守の会談があった、あの日まで遡らなければならない。
―・―・―・―・―
「そうか。太守様、ホントに良い人だったんだな」
「はい。とてもお優しくて素晴らしい方でしたよ」
「けど何で正体がバレてたんだろう……」
「そ、そんなことはどうでもいいじゃないですかっ」
董西平太守との会談を終えて屋敷へと帰ってきたものの、田元皓は半ドンで午後の予定はなく、無職の大和もさして重要な用事は無い。本人にとっては本当に悲しことだが。ともかく、久々に二人でゆっくりできるということで先の会談の様子など、お茶を飲みながら歓談している。
それはいつもと何ら変わらないおなじみの風景。
しかし、大和としてはこのままお話とお茶を楽しんで終わり……などということにする気は毛頭無かった。
田伯鉄は、一つの重大な決心をしてここにいる。
働きたいのだ。
どうしようもなく。
もう、色々と限界だった。
読み書きの能力も高くなってきたので、何日か前から就職活動をしているのだが、まったく上手くいっていない。それはもう見事なまでに。
そんな焦りが出てくる中、偶然出会った将軍様には「ちゃんと職探せば?」などと言われてしまう。
挙句の果てに眼鏡っ娘賈文和様である。
『伯鉄。はいこれ』
差し出されたのは小さめの袋。
可愛らしい花柄のそれからは金属同士が触れ合う音がする。
『……これは?』
『案内してくれたからね。そのお礼よ』
『案内といっても正直何もしてないですよ?』
『いいのよ。わりと楽しかったし。いいからとっときなさい』
『いや、でも……』
『あぁもう! 面倒くさいわね! 仕事もないんでしょ? 素直に受け取りなさいよ』
…………
(……働きたくなくてこうなったわけじゃないさ……)
大和は最初、国に仕官しようと思っていた。
高3まで野球にかまけてたとはいえ、勉強もそれなりにはできるし、持っている未来の知識があれば何かと役に立つはずと考えたからだ。しかし、それはそんなに簡単なことではないとすぐに断念させられる。後漢に似たこの世界では、「実務が出来るかもしれない」などという理由で採用はされないのである。
官吏になるためにはまずその採用試験に受からなければならないが、ハッキリ言って彼がそれに合格するのは不可能に近い。官吏を目指す人間は幼いころから『孝経』『論語』を学び、『詩』『書』『春秋』『易』『礼』などを修めていくのだが、田伯鉄にはこれらの知識教養が足らなすぎた。まともに目指していたらよくて数年、下手をすれば一生かかっても無理かもしれない。
郷挙里選という、いわゆる推薦制度のようなもので地方から採用される方法もある。が、どちらにしろ先に挙げた教養等が足りないし、なによりこれまでの経歴がでっち上げの男が推薦されるはずもない。出生もデタラメな上、名声も地盤も全くないのだ。
では民間に就職は?
それも上手くいきそうにない。腕を怪我しているのがネックになっているのか、どこも感触は悪かった。
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