俺は天使に出会った。
くそったれなガキ、つまりはデストロイヤーがやってきたという予想に反して、天使だった。
搭乗員用の上部ハッチからひょこりと顔を覗かせる少女は、よく晴れた青空も相まってなおさらに美しく見えた。想像してみると良い。透き通るような青みがかった銀髪と空の蒼を。エメラルドもかくやと言わんばかりの目で、この薄汚い場所にいる俺たちを天上から見下ろしている姿を。
皆が死んだし、多分俺も死んだ。カザロフ曹長は位置的に俺の盾になったのだろう。背中に大量の破片が突き刺さっていた。
彼をすり抜けた一部は俺にも刺さっている。何かに突き上げられた衝撃。多分対戦車地雷かIEDに改造したデストロイヤーのグレネードだろう。俺たち二人はそれの衝撃で吹き飛ばされ、床に倒れている。トロツキーなんて爆発の真上にいたものだから、全身がずたずたに吹き飛んでいた。頭は俺のすぐ近くに転がっているが、ちょうどイージスが握りつぶした鉄血機みたいになっている。ヴァクリン大尉は見えないが、俺が目を覚ましたころにはまだ呻いていた。今はもう静かなものだ。
その時俺は、半ば本気で自分が死んで、彼女が迎えに来てくれた天使だと思い込んでいた。痛みも特になく、頭がぼやけることもなかったからだ。すっきりと冴えた頭で、まったく冴えてない事を信じ込んだ。
というのも、うちの家系の男衆は代々早死にする。どいつもこいつも戦場へ行ってはさっさと、子供と女房、自分の母親の前から姿を消してしまう。俺には子供も女房もいないが、とうとう番が来たかと、そう思った。
思えば子供の頃から、自分が年老いた姿というのがまるっきり想像できなかった。見本になるはずの父親は、俺がまだ学生の頃に死んだ。士官大学に入るか入らないかで悩んでいたころだ。士官の家族には推薦枠があったし、あってはならない事だがある程度のコネも効いた。母親と婆さんには悪いが、何となく自分も早死にするのだろうと思っていた。多分直感なのだろう。俺たちは長生きはできないと。先祖が何をやらかしたのは知らんが。そもそも何かやらかしてすらいないのかもしれない。そういう非科学的な事は信じたくはないが、人は何かに意味を求める生き物とも知っている。
もういいだろう。そろそろ天国か地獄かは知らないが、ここから連れて行ってくれ。俺に覆いかぶさるカザロフ曹長の体の下から、そっと右手を差し出した。この場所から引き揚げてくれと、そういう合図だ。
彼女は自分を見る男、つまり俺に気が付いたのだろう。一瞬ぎょっとしたかと思うと、口を動かす仕草をして見せた。口の動きから多分、生存者といったのだろうと推測する。
最近の天使は近代化しているのか。いっちょ前に銃なんか提げちゃってと、そう呑気に構えていた俺は、その仕草からどうやら自分は死んでいないようだと気が付く。
山ほど射ち込まれた鎮痛剤やら鎮静剤の影響かもしれない。俺の頭はずいぶんと緩くなっていたみたいだ。
「グ、グリフィンか?」
自分の声が思った以上に掠れていることに驚く。少女は少し黙った後ゆっくり口を開いた。
「……ええ、そんなところよ。少し待って、今引っ張り出すわ」
「いや、大丈夫だ。出られる」
「片足がないのに?」
「なに? そんな筈が……ああ本当だ」
見れば左足の膝から先がすっぱりと消えていた。激痛を感じ悶え苦しみ、ついでに喪失感に涙を流さなければならない状況なのに、俺は全く何も感じなかった。考えたことは、どうやって基地まで戻るかだ。唯一鉄血司令部付近に停車している兵員輸送車に乗り込むのも良いかもしれんが、無事である保証はどこにもない。
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