ハーメルン
転生者vsSCP
+0.5 生誕

 どこか遠くで、サイレンの音が聞こえたような気がした。
 そのせいで目覚めたのかも知れない、恐る恐る瞼を開いた。
 沈みかけた陽が仄かに差し込み、辺りを浮かび上がらせている。
 床にはマットレス、壁にはクリーム色の靴べらがフックに掛けられている。
 靴入れの中には、ハイヒール、革靴、草臥れたスニーカーが並んでいた。
 息を吸うとミントの芳香剤、続いて合皮の複雑な匂いが鼻をつく。
 靴の匂いだ。見渡すまでもなく此処が自宅の玄関だと知覚した。
 そして、そのまま一人で呆然とうずくまるしかなかった。
 迎えてくれる家族はいなかった、今日は一人の予定だった。
 サイレンが聞こえなくなるまでじっとしていると、聞こえてきたのは自分の心臓が鼓動する音だった。
 自分が本当は死んでいて、意識だけ家に辿り着いたのではないかと息を潜めていたから少しだけ安堵する。
 それでも倦怠感は消えなかった。気絶していたのか寝ていたせいなのかわからないが、全身が鉛で出来たように重い。
 いくら記憶を掘り出そうとしても、どうやって自分がここに辿り着いたのかすら覚えていなかったのが余計に体を重くする。
 制服や靴すら脱いでいなかった、履いたまま土間に足を放り投げていたから。
 家の扉を開けてすぐに倒れ込んでしまったのだろうか、もう想像するしかない。
 特に頭が重かった。重力に身を任せ、横になっているとそれが和らいでいる気がした。
 滑りやすくてあまり好きじゃなかった柔らかな玄関マットが、今はありがたい。
 だがうかうかと眠っていることも出来ずにいた、妙に胸騒ぎがする。
 衝突した際の世界がバラバラになってしまうような衝撃の、その余韻がまだ心を揺らしている。ブラックアウトの後、自分に何が起こったのだろうか。
 気分だけは不思議と落ち着いている、諦めているのかもしれない、自分の人生以上にわけがわからないことがついに起きてしまった。
 この二度目の人生は優しくマトモな両親、特に不自由のない生活、健康な体を与えられ、恵まれているぐらいだった。
 授業は退屈だが学校生活も二度目なため、要領よく学業を成立させることが出来て、今じゃ模範的な優等生にだってなれている。
 特別なことと言えばこの記憶ぐらいで。最近は本当に以前の自分は生きていたのだろうかと疑問に感じることもあるくらいに平凡だったけれども。
 平行世界に生まれたとも今でも思っている。
 突拍子もない考えだが、平行世界であるという根拠は例えば前世で好きだった怪談創作サイトが丸々存在しないことなどが挙げられた。
 ネット環境を与えられ、真っ先に調べてみたら一切痕跡がなかった時は驚いたが、今ではそういうものだと受け入れていた。
 関連する単語で軽く調べてみても出てくるのはどこかの企業の頭文字だけだった。
 年代的にはとっくに存在していてもおかしくないはずだったが、こういった差異が以前の世界との違いとなって俺から見える範囲に露見しているのだろう。
 きっと調べれば歴史上の出来事もどこかしら相違があるに違いない、調査の試みは俺の歴史知識のあやふやさ故に失敗しているが。
 今まではとりあえずそういった認識で生きてきた。
 転生、二度目の人生、死んだはずなのに与えられた全く新しい人生を。
 俺がこの体に宿るはずだった人格を生まれる前から消してしまったかも知れないが。

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