第19話 謎の書類
そしてその時期は、別れの季節でもある。大学進学を決めた山崎さんたちの卒業式が開催された。私が在校生代表として話をしたが、やることは大して違いはない。ただみなさんが卒業されるこの学園を、残さないという選択肢はない、その発表の場でしかない
帰り際、山崎さんは正装して私の前に来た
「角谷。お前色々と手を尽くしてくれているようだな。最近は何もしてないが、話だけでもよく聞くぞ」
「私ができることなんてそんな大したことでは……」
「いや、これで学園はいやが応にも挙市一致へ向けて進んでいけるはずだ。それに進むしかないと私も思っている。もっとも賭けるものが重すぎるけどね」
「ごもっともで」
「角谷。お前ならやれる。お前も来年にはこっちに回っているだろうが、その時に笑って終われるように頼んだぞ」
「……はい」
「お前が泣いて卒業する姿なんて見たくはないからな。お前にとって一番似合わない姿だ
笑え。笑って卒業しろ。そしてみんなと、仲間と笑ってから来い
これがこんな何も変えられない頼りない先輩からのたった一つの頼みごとだ」
黙ってただ差し出された手を握り返す。ずっと握って、握って、離さない。それが互いにとって最大限返せる返事だった
しかし笑って卒業しろ、か。確かに泣いて卒業なんてしたくはない。きっとその涙は廃校をどうしようもできなかった悲しみの末のものだろうからね
「角谷」
「はい」
「その戦車道で使う戦車、一緒に見てきてもらってもいいか?」
そんな希望をうけ、普段はあまり人の立ち入らないグラウンドの奥も奥の煉瓦造りの建物にやってきた。もうここは卒業式の喧騒とは縁もなく、ただ向こうの木々が風に揺れているのみだ
「ここか……もう滅多に人が来ないところだな。私もここの中に入るのは初めてだ」
「私は視察の際に一度だけです」
重い緑の金属の扉に付けられた南京錠を開け、ギィと力を入れて片側を開ける。その奥で明かりを灯すと、中に鎮座する金属の塊が照らし出された
「……これが戦車か」
「はい。我が校の未来を決めるものです。調べたところ、ドイツのIV号戦車なるものだとか」
「ドイツか。敗戦国の、か。そして今のドイツを鑑みれば、這い上がらんとする我が校にとって縁起の悪いものではないな」
這い上がる、ねぇ。できれば勝ち組のままにこの先も生きていきたかったが、しょうがないものはしょうがないよね
「これが……ねぇ……うぇっ!」
山崎さんが車体に触れてすぐに手を離した。指先には真っ黒な汚れがこびりついている。ちょっと触れただけでこれだ。車輌全体なんて推して知るべしだ
「……洗ってないのか?」
「本来廃棄されているはずの車輌ですからね。堂々と表立って清掃するわけにもいきませんし」
「そ、それもそうか……」
乙女の道、ねぇ。これに護られるから女性の方が相応しいというが、ねぇ。試合などの映像も見てみたが、何時間も鉄の棺桶の中で重い砲弾を抱えて駆け回る。下手な男にすらしんどい作業に見えなくもない。無論伏せるけどね
「これ以外はどうするんだ?1輌では紅白戦すらできないじゃないか」
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