其の十五: 「上弦の参は弱者に憤る」
気に入らない。
生理的にこの女が気に入らない。
上弦の参・猗窩座は目の前にいる白髪の人間を睨みつけた。煮えたぎるような怒りと嫌悪がふつふつと腹から迫り上がってくる。猗窩座が今すぐにでも殺したい女は、青緑色の左目と左腕を欠損させ、身体中傷だらけになっていた。痛みからか、奴が持つ青緑の日輪刀の刃先が小刻みに揺れる。その様子を見て更に怒りが倍増した。憤慨のあまり歯軋りする。
(誰かを守るどころか、自分すら守れぬ弱者が! 柱を名乗る法螺吹き者が! この場にしゃしゃり出てくること自体おかしい!)
何が氷柱だ。何が「知略の刃で攻撃した」だ。女の姿を見てみろ。この場にいる誰よりもボロボロで、この場にいる誰よりも愚かな行為をしているではないか。どうしようもない弱者だと理解しているのにも関わらず、何故、杏寿郎は女を認めているのだ。何故、甘露寺・胡蝶・冨岡の柱三人も杏寿郎の言葉を否定しないのだ。おかしい。おかしい。おかしい!
自分の中で白髪の女に対して否定に否定を重ねる。歯軋りをしすぎて歯がパキリと割れた。しかし、直ぐに再生し、歯軋りを再開させる。その感覚すら嫌悪を覚え、怒りが助長された。
「お前はあの時、直ぐに殺すべきだった」
上弦の参・猗窩座――――俺は憎々しげに明道ゆきに向かって吐き捨てる。初めて『女』という生き物に対して抱いた明確な殺意だった。
明道ゆきは女だ。傷だらけの上半身に巻かれたサラシの膨らみと、長髪から分かるように、奴はれっきとした女であった。だからこそ、殺さないつもりでいたのだ。
俺は基本的に性別が女の人間は殺さない。どれほどの弱者であろうとも、生きていることが許せないようなグズでも、女であれば殺さなかった。しかし、鬼殺隊士であれば流石に見逃すことはできない。そのため、手足を切り落としたり、死の一歩手前まで痛めつけたりして、その辺りに適当に転がしていた。「そんなことすれば時間が経てば死ぬ者もいるのではないか」と言われるだろうが、その後、女隊士がどうなるかは己の管轄外である。自分が責任を持つことではない。
だが、明道ゆきは『必ず殺さなくては』と思った。思ってしまった。
初めはどれほど明道ゆきの弱さを見せつけられようとも、どれほど暴言を吐かれようともイラつくだけで終わった。確かに、「許せない。見る価値もない。こいつは死ぬべきだ」と思ったが、『女は殺さない』という自分の信条の方が大切だったのである。だからこそ、明道ゆきも今までの女達と同じように殺さないつもりでいた。ただ、周りに鬼殺隊士がいるため、己の信条を悟らせないためにもある程度は暴言を吐き、痛めつけ、いつものように捨てておこう。そう、考えていたのだ。
列車が爆発するまでは。
すさまじい熱量と威力に自身が玩具のように宙へ飛んだ。そのままべシャリと地に平伏した時の感覚は今でも覚えている。加えて、あまりの熱量と激痛に意識が何度かなくなった。目がチカチカして、脳裏には火花が散り、痛みに悶え苦しんだものだ。上弦の位を戴いてからはこのような痛みを経験したことがない。それほどの激痛だった。
(何故、俺は今、地に平伏している。何故俺は、)
弱者にこれほどまでの大怪我を負わせられているのだ。
矛盾だった。どうしようもないくらいの矛盾だったのだ。明道ゆきという剣士は弱い。その弱さ故に俺に指一本すら触れることは叶わなかった。それどころか奴は何もできずに腕を切り落とされ、炭治郎などという不愉快な弱者に心配される始末だ。ありえない。ありえるはずがない。俺が地にひれ伏すなど。
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