ハーメルン
氷柱は人生の選択肢が見える
其の十五: 「上弦の参は弱者に憤る」


眼前にパサリと炎を模った羽織が現れたのだ。

毛先が赤みがかった金髪に、ギョロリとした瞳を持つ男、炎柱・煉獄杏寿郎は不敵に笑う。己の羅針盤で既に感知していた闘気に思わず歯軋りした。この場面、この状態、この状況でなければ杏寿郎の登場に喜んだことだろう。だが、今は笑みを浮かべることはできない。ましてや気分が高揚することもない。羅針盤で正確な敵の位置を測れようとも、戦えなければ、攻撃できなければ、意味がないからだ。身体は陽により爛れ、四肢はもぎ取られ、毒に犯されている。動揺する精神、混乱を起こす感覚。全てが最悪な状況だ。だが、奴らにとっては最善の『道筋』が開かれる。明道ゆきが選び取り、進んだ先にあった『明るい未来』が現れたのだ。

(弱い、弱い、弱者のくせに!)

何なのだ。何なのだ、明道ゆきという女は。正々堂々と戦わず、姑息な真似をして勝利をもぎ取ろうとする。なんて醜く、許せない人間なのだろう。俺はこいつが嫌いだ。認められない、いや、認めたくない。

明道ゆきの方に視線を向けると、奴は真っ直ぐに右目でこちらを見ていた。あまりにも真っ直ぐで、自信に溢れ、キラキラと輝く瞳である。その時俺は弱者であるはずの女の瞳に目を奪われた。

――――明道ゆきは弱者だ。

本来なら何も守れずに終わる弱者の中の弱者である。その弱さ故に何度も何度も絶望に打ちひしがれ、己の才のなさに涙したに違いない。だが、明道ゆきは諦めなかった。どれほど絶望に身を震わせても、どれほど屈辱を味わおうとも、彼女は諦めなかった。研鑚と、血の滲むような努力を重ねに重ねたのだ。そして、明道ゆきはたどり着いたのだろう。武力ではなく、知略で『誰かを守る』という終着点に彼女は到達したのだ。

明道ゆきは弱者だ。
だが、彼女は『俺』と違って、その弱さを乗りこなした。

弱い。弱い人間だ。弱い人間なのに、どうしてこうも涙が出そうなのだろう。どうして俺は胸を震わせているのだろう。俺が、『俺』が一番殺したかった『弱者』は――――その答えが出る前に煉獄杏寿郎の声が辺りに響く。力強く、勇ましい声だった。

「ここでお前は終わりだ」

杏寿郎の金と赤が混じった瞳が俺を射抜く。スッと滑るように振るわれた刃は青色、桃色、水色、鉛色、黄色、黒色、藍鼠色、青緑色と、様々な『色』が重なって見えた。最後に現れた赤色が一層輝きを増した時、この場にいる全ての者の『刃』が形を持って俺の前に現れる。次の瞬間、『刃』は猗窩座の頸を捉えた。

――――スパン、

上弦の参・猗窩座の頸は宙に舞う。

最後に脳裏に過ったのは『雪』の名を冠した少女と、朗らかに笑う男性の顔だった。

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