ハーメルン
氷柱は人生の選択肢が見える
其の二十: 「帰郷」


冨岡義勇は空を見ていた。

陽光が家と家の間から差し込み、冨岡の顔を照らす。光が直接瞳の中に入ってきたため、冨岡は眩しさのあまりに目を細めた。だが、なんとか重いまぶたをこじ開け、上へと視線を向ける。空を彩るのは、先程までと同じ、夜の黒色ではなかった。既に天上は明るい青へと染まろうとし、中間の橙色になっている。ぼんやりとしながら色が混じった空を見つめた。

冨岡義勇は空が橙色に染まっていく姿を見るのが一等好きである。鬼殺隊にいる今、特にそれが顕著になった。朝の兆しの空を目にする瞬間こそが、鬼殺隊にとっては安堵の時間だからだ。

冨岡がスゥと息を吸うと、朝特有の冷たい空気が、口を通って肺に入ってくる。そして、肺の中に入っていた空気を出そうとして――――ゴボリと血を口から吐き出した。

「ああ、」

かすれた声が喉からこぼれ落ちた。視界を下げると、ぽっかりとした空洞が目に入る。そう、今の冨岡義勇の腹には穴が開いていた。あるべきものがなくなった腹からは血が吹き出し、それどころか、内臓まで飛び出している。医療に詳しくない冨岡でも、「自分はもうだめだ」と悟るほどの大怪我だった。

現在、冨岡は焼け落ちた民家の柱に寄りかかっている。だが、身動ぎすることもできず、悔しいことに意識を保つことさえままならなかった。なんとか全集中で命を繋いでいるが、果たして意味がある行為なのか。いや、意味があるからこそ、黄泉の世界に行く時間を少しでも己は延ばしているのだ。

ヒュゥと息を吸い、全集中を行う。血を操り、必死に止血していく。自分の師である鱗滝左近次の教えを思い出しながら、ひたすら命をつなげていく。その際に不意に頭によぎるのは、自分がこのような状態に陥ってしまった原因だった。


――――冨岡義勇は上弦の壱『黒死牟』と、上弦の弐『童磨』と遭遇した。


彼らと刀を一度交えただけで冨岡は気がついたものだ。俺一人だけではこの鬼達に絶対に勝てない。それどころか、後ろにいる炭治郎や他の部下達、民間人を守ることすらできない、と。柄にもなく手が震えるほどに冨岡は焦ったものだ。

絶望的な状況である。これが冨岡一人だけならば良かった。焦りはするが、手までは震えなかっただろう。何故なら、死ぬのは冨岡だけで済むからである。だが、この時、冨岡義勇は一人ではなかった。炭治郎や他の命まで背負わねばからなかったのだ。

何度、戦闘中、自身の弱さを呪ったことか。
何度、ここにいるのが錆兎であればと思ったか。

冨岡義勇という人間は、己が嫌いだった。肝心な時に役に立たず、いつだって誰かの影に隠れてばかり。姉が死んだときも、錆兎が死んだときも、彼は何もできずに終わった。

上弦二体との戦闘中も、そうだ。柱の地位を戴いておきながら、自分どころか大事な兄弟弟子まで殺されそうになっている。己の未熟さが、弱さが、吐き気がするくらいに嫌だった。どれだけ努力しようとも、研鑽を重ねようとも、冨岡義勇は変わらない。あの頃と同じ、弱くて、泣いてばかりで、生殺与奪の権を他人に握らせるような少年のままだった。

それでもできることを冨岡義勇はすべく、刀を振るった。

今回の冨岡に出来た最大の成果は上弦二体の腕をはね、羽織と共に草むらに投げ捨てたことくらいである。それができたのも、上弦達が明道ゆきの仔細を知りたがっていたからだ。明道のことを知る冨岡から情報を得るために、あの鬼達はこちらに対して致命傷を与えないよう、手加減をしていたのである。

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