其の六: 「氷柱研修」
「先生! 第二部隊、鬼の殲滅が終わりました!」
「お疲れ様です、竈門、嘴平、我妻。これで今回の任務は完了です。君達は先に麓へ降りなさい」
「はい!」
「ああ?! 俺はまだやれるぜ!!」
「いや、何言ってんだ伊之助お前?! 先生がこう言ってくれてるんだから帰るぞ!!」
竈門炭治郎は私のことを『先生』と呼び、こちらに向かって元気よく返事をした。対して嘴平伊之助は私の発言に不満の色を見せ、抗議の声を上げている。そんな中、早くこの場から離脱したい我妻善逸は必死の形相で伊之助を引っ張っていた。多種多様な三人を眺めながら私はハハッと笑う。これだけ見れば『三人が微笑ましくて氷柱殿は笑みを浮かべたのかな』と思うだろうが、違う。絶望しすぎて思わず笑ってしまっただけなのだ。
(おかしい。何で我妻善逸や嘴平伊之助までこの場にいるんだ)
主人公・竈門炭治郎と禰豆子の二名のみを預かる予定だったのに、現在、主要人物の嘴平伊之助と我妻善逸まで何故か私の下で学んでいた。おかしい。おかしすぎる。炭治郎だけで既にアウトなのにそこへ伊之助と善逸が追加されるとかどうなってんの。トラブルが起きる気しかしねえ。お館様、どうしてこの二人も私の下へ送り込んだのですか。断りもなく恐ろしいサプライズするのマジでやめて下さい。
私が「お館様と意思疎通が出来なさすぎて辛い」と思っていると背後から声がかかる。くるりと後ろへ振り向くと、そこには鬼殺隊隊員一名がいた。しかし、その隊員はただの隊員ではない。炭治郎以外の胃痛案件人物その二である。こちらへ声をかけてきた隊員――肩につくくらいの黒髪と浅葱色の瞳を持った女性はニッコリと笑った。私は引きつる顔を抑えながら目の前にいる彼女に対して微笑む。
「真菰」
「第二部隊隊長・真菰、戻りました」
「竈門達はどうでしたか」
「研修生の竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助は中々に良い活躍をしていましたよ」
私に向かって微笑む人物の名前は真菰。炭治郎の姉弟子であり、初登場時には既に死亡しているという業が深すぎる設定持ちの、あの真菰である。彼女が生きてこの場にいる――――これだけで鬼滅読者なら手を叩いて喜ぶ者が沢山いることだろう。加えて、彼女は原作の十代前半の姿ではなく、十代後半へと成長しているときた。生前の自分ならこの成長した真菰を見た瞬間、鬼滅読者達と一緒に踊り狂うに違いない。だが、今世の私は全くもって笑えなかった。
(おっっっかしいよなー…。何で真菰ちゃん生きてんのかなー…)
今まで話していなかったが、ここ数年の悩みの中の一つが彼女についてである。真菰と初めて出会った時、「何で真菰が生きてんの?!」とギョッと驚き、二度見どころか三度見したくらいだ。私が何もしていないのに何故か原作死亡キャラが生きていた。それはもう驚き、困惑するに決まっているだろう。
残念なことに今世の私は彼女の生存を素直に喜べなかった。寧ろ、「どうして死んでくれなかったんだ」と最低な想いを抱いたくらいである。仮にも生前で鬼滅ファンの私がそう考えたのは何故か。理由は一つ。
原作の流れと変わってしまうと困るからだ。
以前にも述べたように、私は呪いをかけられている。上弦の鬼を打倒しなければ二十五歳で死んでしまう呪いだ。しかし、上弦の鬼は恐ろしいほど強く、戦ったとしても呪いを解く前に殺されかねない。そこで役に立つのが『原作での上弦の鬼戦』だ。いつ、どこで、誰がどうやって戦い、鬼の隙が生まれるのか。その一連の流れが生前で『鬼滅の刃』を読んだおかげで記憶に刻まれている。この原作知識さえあれば、柱を何人も殺した経験のある上弦の鬼を、自分が死なずに倒せるかもしれない。言い換えれば、上弦どころか他の柱にさえ勝てない私は、この知識がなければ絶対に呪いを解くことができないのだ。本懐を遂げるためには『原作通りに進む』ことは必須だといえた。
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