交渉決裂Ⅱ
目の前の信じられない現象に、勇の心臓が締め付けられた。
(全力で打ち込んだ刃が、止められた……!? 嘘だろ鋼かよ、コイツの筋肉!!)
先刻の肉を切り裂くような感覚は、オールマイトの胸部にナイフが走った時のもので間違いない。しかし、刃が到達したのは筋肉の中層までだった。内臓に届かないどころか、切っ先が中折れしていた。
「オオオオオオオオッッ!!」
「お前もはや恐竜だよ!!」
視覚も聴覚も奪われ無防備な状態の筈なのに、オールマイトの死域に手が届かない。それどころか、その至近距離からの咆哮は無条件に勇の動きを止めた。
これが第一位の風格。オールマイトは――人を越えた境地にいる。勝てる訳がない。この男は、人がどうこうできる存在じゃない。
「勇くん!」
光と音が消えている。
だというのに、蟻塚は勇の危機を察知し彼へと手を伸ばす。
そしてまた、勇も同様に最も愛しい彼女へと意識を向けた。
「蟻塚ちゃ――――」
――――身体が、空中に押し上げられる。オールマイトに横腹を殴られたようだ。
三半規管が今度こそ悲鳴を上げた。五臓六腑に染み渡る激痛に全身の細胞が耐えきれず泣き叫んでいる。肋骨は粉砕され、腹部の感覚が消えた。
「逃がさん!! 今度こそ逃がさん!! 私は貴様に――償わせると心に決めた!!」
空気の振動や匂いの変化を子細に感じ取って、オールマイトは勇の居場所を捕捉していた。
視覚と聴覚が一時的に死んでいても尚、平和の象徴が拳を鈍らせることは有り得ない。それを悟ると同時に、勇は久しい感覚と対面していた。
――やっぱ、死ぬのかな、俺……。
己の死期を悟ったのは、この短い人生の中で本当に数度だけ。今回はその中でも特に強い予感がある。
ナンバーワンヒーローが向けてくる闘志の中に、禍々しい殺意が隠されている。誇りと矜持で自制しているとはいえ、確かにオールマイトは朝木勇の死を望む部分があった。
――貴方が俺にそんな顔を向けるなんて……犯罪者冥利に尽きるなぁ。
死の淵に追いやられながら、朝木勇は不思議と冷静であった。
もはや敗北は確定的であり、抗う気力が無くなったのだ。それにより、危機感も消え入った。もはや慌てるだけ無駄というものである。
――CAROLINA SMASH!!――
オールマイトが追撃を仕掛けてくる。
跳躍した巨躯は、背を向ける勇の腰に両腕のクロスチョップを叩き入れて、華奢ながらも筋肉質な彼の身体を天井まで打ち上げた。
脊椎が折れて死んだだろうか。それとも、天井と激突した衝撃で顔が潰れて死んだだろうか。否、忌々しいことに心臓はゆっくりと脈打っている。
(もう、いいじゃん。頑張ったじゃん、俺。……さっさと、殺してくれ)
胸の奥から込み上げてくるものがあった。
次の瞬間、口内が鮮血で染まった。噴水のように血が吹き出る。オールマイトめ、手加減が足りないぞ。本当に殺す気じゃあるまいな。
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