プロローグ
つまり。
私はみほがせっかく見つけた居場所を、仲間を、奪ってしまったのか?
呆然とする私を置いて、ツインテールの小柄な少女に率いられて大洗の面々は撤収すべく歩き出していた。
「ねえお姉ちゃん」
その中でただ一人、みほだけが立ち止まって振り返った。
「覚えてる? 私が小学生の時のこと」
小学生の時、漠然とした物言いに私は首を傾げる。みほはそんな私の反応に構わず続けた。
「お姉ちゃん、私に言ってくれたよね。『自分だけの戦車道を見つけなさい』って」
思い出した。たしかにみほが小学生の時にそんなことを言った。私がちょうどドイツから日本に戻ってきていた時のことだ。あのみほがお母様に逆らうとは思わなかったから大層驚いたものだ。
そこまでみほを追いつめていたことが、それに気付いてあげられなかったことが情けなくて、泣いているみほを見ていられなくて。
だから私は言ったんだ。
『みほは自分の道を進んだらいい。戦車が嫌いになったらやめてもいい。
……だが、もし戦車を続けるのであれば。
自分だけの戦車道を見つけなさい』
と。
「なかったよ」
「え?」
「“私の戦車道”なんてなかったんだよ」
*
表彰式も撤収作業も終わってようやくいち段落ついた現在。私は着替えもせずにベッドに横になっていた。
頭の中はみほのことでいっぱいだった。思い出すのは別れ際のみほの言葉。
『“私の戦車道”なんてなかったんだよ』
あの時のみほの言葉が頭から離れない。
私はみほの戦車道を否定してしまったのか?
黒森峰で散々周りから非難の目に晒されて、辛い思いを抱えて転校した先でようやく仲間とともに見つけた戦車道を。
いや、戦車道だけの話ではない。
大洗女子学園は廃校になると言っていた。そうなればみほはどうなる?
黒森峰に戻ってくる? いや、それはありえない。今の黒森峰にみほの居場所はない。
あんなことがあって黒森峰を去って、転校先の弱小校で戦車道を続けて、挙句黒森峰に敗北した。一体どの面を下げて戻ってきた? そう言われるのが目に見えている。
では別の高校に転校するか? だがお母様はみほを勘当すると言っていた。お父様や菊代さんが取り成してくれる可能性はあるが、それをお母様が聞き入れてくれるとは思えない。
百歩譲って勘当を取りやめてくれるとしても、転校した先でみほが大洗と同じように上手くやっていけるという保証はない。
正直に言ってみほの未来は暗いと言わざるをえない。私でさえそうなのだからみほ本人は余計そうだろう。
そこまで考えて私は無性に嫌な予感がしてみほに電話をかけた。
しかし何度かけても繋がらない。嫌な予感は益々膨れ上がるばかりだった。もう一度かけようと思ったところに着信があった。
みほかと思って液晶を見ると実家からの電話だった。予想外のことに訝しみながらも私は通話ボタンを押した。
「もしもし」
『もしもし、まほお嬢様ですか!?』
「菊代さん? どうしたんですか、こんな時間に?」
電話の相手は西住家の女中の菊代さんだった。多忙な母に代わって私たちの身の回りの世話をしてくれていた人だ。
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