ハーメルン
安全に出世したいサイコロステーキ先輩
安全に出世したいサイコロステーキ先輩

「こんなガキの鬼なら俺でも殺れるぜ」

俺は鬼殺隊の隊士。鬼狩りを生業とする剣士だ。今は度々鬼が出ると近隣住民の間で噂になっていた那田蜘蛛山で、鬼狩りの任務の最中だ。
俺の予感ではこの山にはヤバい鬼がいると確信している。そんな中でこんなに大したことのなさそうな鬼を見つけることが出来たのは幸運だったぜ。

「誰だ!」

お? どうやら俺以外にもこの目の前の弱そうな鬼に目を付けた隊士がいるようだ。だがこの獲物は渡さないぜ。

「お前は引っ込んでろ。俺は安全に出世したいんだよ」

目の前の小さな鬼からは一切視線を逸らさずに抗議の声を上げようとする若い隊士を牽制する。いくら弱そうとは言っても油断は禁物だからな。危機感のない奴から先に死ぬのは鬼狩りの常識だ。

チャキリ、と刀を鞘からゆっくりと抜き構える。

「出世すりゃあ上から支給される金も多くなるからな」

抜き身の刀は鈍い枯茶色。黒い網目模様が施されたこの刀身は俺の呼吸に呼応した美しい配色だ。

「隊はほとんど全滅状態だが、とりあえず俺はそこそこの鬼を一匹倒して下山するぜ」

何かしらの手柄を建てずに逃げ帰ったとなれば他の奴等に馬鹿にされるからな。そんな風に侮られると出世への道は遠のいちまう。
言い終えると同時に、呼吸を調え鬼に向けて突進する。

「だめだ、よせ! 君では…」

そんなに手柄が欲しいか、卑しい奴だぜ。こいつを倒すのは俺だ。お前はそこで黙って見ていれば良いんだ。

鬼の手元が微かに動いたのが見えた。その指先に見えたのは極細の糸だ。なるほどな、だから蜘蛛山か。お洒落な奴だぜ。だがそんな曲芸の見せ場なんて無いぜ。

「賽子の呼吸 壱の型 弱火出実苦鯉」

全ての基本であり、極めた奥義である壱の型からこの程度の雑魚鬼が逃れる術なんて存在しない。昇進は確定だ。
突進の勢いで鬼の側を通り抜けると同時に縦横無尽に切り刻んでやった。

細切れに切り刻んだ鬼は間も無く消滅するだろう。
残心する俺。だがまだまだ緊張を解くことはない。何故なら鬼の中には頸を斬っても死なない奴が居ることを俺は知っているからだ。

だが今回のこの子供鬼はそんな面倒臭い奴では無さそうだ。完全に消えて無くなった鬼を一瞥し、刀を納める。本当に運が良い。

「あ、あなたは一体」

手柄を奪われた後輩が抗議の声を上げようとしているのを感じたがそんな無駄な時間を過ごすつもりはないぜ。

「俺はもう下山するぜ! こんなに危ない山にいつまでもいたら命が幾つあっても足りねえ。この山には十二鬼月が居るかも知れねえからな。御前も命が惜しいなら早く離れた方がいい」

後ろから引き留める声が聞こえたが俺はもうこの山に用はない。とっとと安全地帯まで引き下がる。鬼一匹倒したんだから誰にも文句は言わせねえし十分な手柄だろう。

俺は安全に出世したいんだ。わざわざ強い鬼と戦う危険は侵さないぜ。

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