月は記憶と共に悪夢を覗く
「いいか月彦。俺たちは決して私怨で殺しをしてはいけない。それを常に心に入れておくんだ」
そう言って親父は、まだ小さかった俺の心臓に指を当てた。
「私怨って何?お父さん」
「私怨ってのはそうだな...個人的な恨み、つまり自分の為だけに殺しをしてはダメって事だ」
俺の質問に顔をしかめながらも、親父は答えてくれた。その時の俺は多分その言葉の意味を理解してはいなかっただろう。
「自分の為に?」
「そうだ。俺たちは産まれた時から避けることの出来ない残酷な環境に置かれてた。月彦ももう少ししたら人を殺さないといけないかもしれない。俺たちにはそういう力がある」
親父はそう言うと、酷く悲しそうな表情を見せた。
「そんな環境に産まれたからこそ、お前はそれを誰かを守る為に使うんだ」
「守るため?」
「そうだ。殺す事は本来してはいけない事だ。でも、1番いけないのは殺す事に慣れる事だ。決して痛みを忘れるな。心はいつも正しくあれ。自分のしている事は間違っていると、悩み続けるんだ。それはとても辛い事だけど、とても大事な事だ。忘れるな」
親父はそう言ってニッと笑った。いや、顔が笑っただけで心は嘆いていたのかもしれない。その瞳は、今にも涙が溢れそうなほど湿っていた。
「分かった!お父さんの言ったこと、僕、絶対忘れない!」
俺は親父にそんな顔をして欲しくなくて、必死に笑ってそう言った。この頃は、その為の訓練をしていても、殺す事への実感も覚悟も、諸々足りていなかったのだと、俺はのちに後悔する。
「そうか...頼んだぞ!月彦!」
「うん!」
親父は俺の頭に手を置いて、わしゃわしゃっと頭を撫でる。随分乱暴な撫で方だったが、俺は親父にそうされる事が好きだった。
すると突然、辺りの景色が一変した。
気がつくと俺は、暗闇の中にポツンと1人で立っていた。
「ここ...どこ?お父さん...?お父さん!」
俺は必死に親父を呼んだ。喉が痛くなっても、俺は呼び続けた。
すると、遥か遠くの方に何か人影の様なものが見えた。目を凝らすと、そこにはこちらに背を向けて歩き続ける人の姿だった。
「っ!お父さん!」
見間違えるはずが無かった。その背中は、確かに親父のものだった。
「ハァ...!ハァ...!ハァ...!お父さん、待って!!」
真っ黒な空間の中を、視界の先に僅かに移る親父の背中を頼りに追いかける。
「お父さん!お父さん!」
身体はまだ小さい時のまま、小さな手を必死に伸ばしながら走る。何度も呼びかけても、親父はこちらを見向きもせず、ただ淡々と前進するだけ。振り返ることは一度もなかった。
[9]前書き [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/6
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク