第5話 優しい門番
「この世界…………幻想郷だっけ? 俺以外にも普通の人間がいたんだな」
静哉は先程通り抜けた人里を思い出して、感慨深げに頷く。
大きな声で客引きをする野菜を売る八百屋。穏やかな雰囲気の流れる団子屋。その他にも蕎麦屋や花屋、豆腐屋や酒屋などと多種多様な店が軒を連ねていた。しかし静哉が気になったのは、その店のどれもが今は珍しい木造平屋建てだったということだ。
それだけではない。里の人間は皆等しく着物を着用し、洋装の者など両手の指の数より少なかった。
「なぁ、霊夢。もしかして、ここの人間は不老不死なのか?」
隣を歩く霊夢は、何言ってんのよと静哉を笑った。
「だって幻想郷の外にあんな造りの建物はもう少ないし、なにより日常的に着物を着てる人なんてほとんどいないんだ。それなのに、ここの人達はなんの疑いもなく生活していた。これは、きっとあの人達が不老不死だからなんだ!」
「あんたやっぱり馬鹿ね。ここは外の世界から隔絶された世界よ? それなら世代交代したって文化が変わるわけないでしょうに」
「ぐぅ、た、たしかに……」
なんでその考えに到らなかったのかと、羞恥心に悶える静哉。
大声で的外れなことを叫んでしまったことが、とんでもなく恥ずかしい。
「——それより。ほら、あそこを見てみなさい」
静哉は霊夢の細く綺麗な指の差し示す先を見つめた。
そこにあったのは、紅い洋館だった。
広大な湖の上に浮かぶ、紅い霧を発生させている巨大な洋館だ。
静哉はそれを見て確信した。
あの館の主人こそが、この紅い空を作り出した犯人だと。
「あそこが今回の異変の元凶がいるらしいわね。…………最後にもう一度だけ言ってあげるけど、本当に行くつもり? あんた死ぬわよ?」
「ああ、行くさ。足手まといになるつもりはない。俺がヘマしたらとっとと捨てて先に進んでくれ」
霊夢と静哉が視線を交わる。
——折れたのは霊夢の方だった。
「はいはい、分かったわよ。私の負けよ」
優しい少女は顔を逸らし、手を左右に振った。
「ありがとう、霊夢」
「…………とりあえず、あの門の前にいる奴をどうにかしましょ」
「うん。…………ん? えっ、この距離から見えるのか?」
「ええ、辛うじて女だってことが分かるわ」
現在2人がいる場所は、紅い洋館から数キロも離れた地点だった。
静哉はもちろん、普通の人間ならば確実に見えない距離だ。ここから、霊夢の視力の凄まじさがうかがえる。
「これぞまさしく人並み外れた力って感じだな」
「そうかしら、これが普通だから分からないわ」
静哉と霊夢は何気ない会話をしながら洋館へと歩みを進める。
「……ようやく着いたな」
「ええ、普通に疲れたわ。私だけでも飛べばよかったかも……」
「それもこれも紅い空を作り出した館の主人のせいだな」
「ええ、見つけ次第ぶん殴ってやる」
額に汗を滲ませた静哉の隣で、それ以上に汗を流している霊夢が愚痴をこぼす。
外の世界で引きこもりをしていた静哉と、娯楽の少ない幻想郷であまり動くことがない霊夢。
動くことが好きではない2人の心が、奇跡的に噛み合った瞬間だった。
「ほら、お客さんが現れたわよ」
「ははっ、お客さんは俺達だろ?」
門の前で軽口を叩く2人。だが、顔は青く、息も絶え絶えだ。
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