第十五話
先生と過ごした拠点を離れて……五年がたった。
その間……国中を練り歩き、色々な人に出会った。
善人に会い……悪人に会った。
色々な経験をした。ものづくりなんてこともしてみた。
私の人生は……子供を嬲り殺す異常者から先生に救われた所から色づいていった。
だから言えることが有る。
鬼舞辻さんは私の人生の中でも一番に邪悪で迷惑な人だという事を。
悪い人がいたとしても彼ほど人を顧みない人はいなかった。彼ほど悲劇を生みだした人はいなかった。
人を食い物としている取り立て屋がいた。いたずらに人に暴力を振るう暴漢がいた。
だけど。誰だってあれ程すぐに人を殺そうとはしなかった。もし殺そうとしても……取り立て屋の間に入って話し合えば大抵は分かりあえたし、暴れん坊には痛い目を見せれば大人しくなった。
彼は鬼だ。そういう生物だとかそういう事ではない。彼は心の底から鬼なのだ。
そんな彼を。私は放ってはおけない。
私はこの国で一番の侍。
私が彼を放っておいて誰が彼を成敗するというのだ。
「……」
だからこそ。彼の匂いを追って日本中の鬼を殺して回った。
中には逃げ出したり、兄妹を庇ったり、命乞いをするような鬼もいた。
とてもつらい、悲しい匂いのする鬼もいた。
私は泣いた。
君たちが鬼になってしまった運命に。人を食わねば生きていけぬ体に。
可哀想でならなかった。一体どんな残酷な運命を辿って鬼に至ったのか。
せめて次に生まれてくるときは……人として生まれてきてほしいと願って、泣いた。
そして今。私は腹に響くほど濃い鬼舞辻さんの匂いを持つ鬼の元に来ている。
一年中彼岸花が咲き乱れる孤島。彼岸島。
この島には吸血鬼なる鬼が居るとのうわさを聞いて来た。
しかし実際に居たのは鬼舞辻さんの所の鬼だった。
十二鬼月。
そう呼ばれる、鬼舞辻さんの鬼の中でも強い鬼の人たちが居る。
黒死牟先生もその中の一人だったという。
先生は上弦の壱。今、私が対面している方は……上弦の参。
先生に近しい強さを持つ鬼。
「貴様が……黒死牟の弟子を騙る者か」
その上弦の参さんが何やら失礼なことを言いだしてきた。
「騙ってないです。私はまさしく黒死牟先生の弟子です」
「戯けた事を言うな。あの黒死牟が貴様のような弱者を弟子にとるとは思えない」
そして取り付く島もない。
言い返してやろうと思い、口を開きかけた。
しかし。
「……」
私はあることに気付いて、黙った。彼は……今までに会った事のない感覚の鬼だ。
「貴様にはあのお方から討伐命令が出されている。だが俺はお前のような弱者とは戦いたくない。お前に素晴らしい提案をしよう」
「……」
「お前も鬼にならないか?」
彼は私に延命を示唆してきた。
鬼の方に悪意なくそんな事を言われたのは初めてだ。
鬼の方々はまず殺そうとするというのに。この人は私を殺そうとしない……?
初めての反応に戸惑いつつ、私は言葉を発する。
「……残念ながら私は侍。鬼にはなれません」
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