ハーメルン
本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~
9話『冬の合間の香霖堂』

 <森近霖之助>


 カステラの製法で契約を結ぶにあたって、少しばかり問題があった。
 ついうっかりしていたのだが僕はこの世界の文字を読めないし書けない。だがどうにか、ギルドカードに記されていた僕の名前──リンノスケという人名の綴りだけはどうにかわかった。
 ついでに数字も市場に出て目にしていたのでどうにかなる。後は殆ど読めない。
 商人として──いや、人として、自分が理解できない契約書に記名することは避けるべきである。
 どうにか言い訳をしようとも思ったのだが結局のところ僕は契約の日、ギルド長とフリーダが持ってきた契約書を難しそうな顔をして念入りに読む素振りを見せ、少しばかり内容が問題ないかカマをかけてから記名した。必要な情報はおおよそ聞き出せたとは思う。商人になって一番気を使う取引だった。

 どうやら契約魔術の一種らしく、契約違反には罰金以上の呪術が降りかかりそうな気配に嫌な予感はひしひしとしたのだが、言い訳がし難い状況だったので仕方がない。まさかカステラ一つで妙な陰謀に巻き込まれるほどではないだろう。
 とりあえず確認した限りでは、僕はこの街ではカステラの製法を誰にも伝えてはいけないことだ。僕、及び香霖堂の店員も含まれているので、見習いになったマインくんも同じだ。もっとも、現状では見習い未満なのだけれど。
 ギルド長が店で熱を放っている道具を見ながら言う。

「冬が本格に訪れる前に契約を結べてよかった──ところでその暖炉は?」
「これは薪ストーブ。見ての通り金属の箱の中で薪を燃やし、輻射熱で部屋を温めるための暖房器具ですよ」
「……幾らかな?」
「非売品でして」

 マインくんの助言を聞いて、薪の安いこの街で使えるように用意したのが薪ストーブだった。
 金属加工に関しては腕の良い鍛冶職人をしている妖怪が幻想郷に居たので、作成を手伝って貰った。お礼に傘用の防虫剤と脅かし用に祭りのお面でおどろおどろしい物を幾つか渡した。思うに、あの妖怪少女は顔がまったく怖くないのが難点だと思う。鍛冶技術は霊夢の針を直しているだけあって大したものだったが。
 まあ、何はともあれ使い勝手は悪くない。注意が必要だが、湯呑をストーブの上に置いておけば冷めないのもいい。
 それにこの街は実際に薪が安かった。香霖堂の近くには、精々魔法の森に魔法使いが二人ぐらい家を持っている程度で人家がなく、薪を得るにも自分で割らねばならなかったのだが、ここでは子供の小遣い程度の値段で結構な量が売っている。
 
 ギルド長は店を見回しながら呻く。

「ふーむ。前に来たときは奇異な雰囲気に目移りしたが、他にも売れそうな商品が置いてあるな……」
「売れそうな、というか売り物なんですが」
「うちは食品を扱う商会をしているのだが、なにか良い物はあるか?」

 食品。フリーダ嬢がそんなことを言っていた気がする。なにか売れそうな物があっただろうか。
 食器類は前に売れたように陶磁器なら買い取ってくれそうだけれど、相変わらず倉庫から出していなかった。倉庫の整理をするにも手間が掛かり、後回しにしていた。
 駄菓子類はあるが、大した値段ではないから買い占められると困る。幻想郷で妖精などに与えて氷などと交換するのに使うからだ。そもそもこの世界で駄菓子を売っていないので高値を付けてもいいのかもしれないが、高くて納得されそうな食品があっただろうか?

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