前章譚Ⅲ“絶望の夜”
目の前で倒れている少年をアイズは信じたくなかった。その光景を否定するようにアリアの腕からもがき降り、ベルの元へと駆けていこうとする。アリアはまずいと思いつつも声が出なかった。大好きな人が目の前で倒れているとき、ただじっとしていられないその気持ちが痛いほどわかるから。
ただ、駆けだそうとするアイズはそれのせいで足を止めてしまう。そしてその瞳を恐怖に染まる。
「どらごん……!?」
荒々しい咆哮とともにその赤色の翼をはばたかせ空から現れる複数の影。本来であればダンジョンの下層にしか出ない推定レベル5のモンスター。赤黒い鱗に覆われたその巨体のドラゴンが4体。燃え盛る家を目印に集まっていた。そのドラゴンの名はインペリングドラゴン、黒龍の眷属のドラゴンである。
そしてそこに降り立ったというのは玄関先に倒れているベルを囲んでいるのと同義。
アイズは初めて見たドラゴンに足がすくみ、腰を抜かせて動けなくなった。アリアは急いでアイズを庇うように力強く抱き寄せる。
「おかーさん、ベルが!……ベルが!!」
アイズは悲痛な叫び声とともに必死にベルのいる方向に手を伸ばす。しかしアリアは血が出るほどに唇を噛み締めそれを許さない。
インぺリングドラゴン自体のレベルはアリアよりも劣る。しかし目の前にはそれが4体。魔法剣士であるアリアが武器も持たずにガードナーなしで戦うには厳しい状況である。しかも動けないアイズを抱えて逃げるだけならまだしも、意識を失っている、もしかしたら……のベルをあの群れの中に助けに行ったら逃げることすらできず戦闘になるだろう。そして二人を守りながらアリアが勝利する可能性はゼロに等しい。確実に二人は戦闘の余波には耐えられないだろう。
「ベル!ベル!!」
必死に手を伸ばすアイズを見て、アリアはもしここにいるのがアルならと自分の無力さと心臓が張り裂けそうな思いに襲われながら決断する。
それは冒険者としては、相手の力量を見極めた正しい行動である。しかし母としては、娘に死ぬことよりも苦しいことを味合わせることになる。
そしてなにより自分自身もそんな選択は取りたくはないと心が叫んでいる。
それでもアリアはアイズに死んでほしくなかった。
「おかーさん……?」
「アイズ……ごめんなさい」
アイズの首元に軽く振り下ろされる手刀。
アイズが薄れゆく意識の中最後に見たのは、ドラゴンたちが少年を囲むように降りてくる姿だった。
先ほどから嫌な予感が首元を刺す。だが、今ばかりはそれを気にすることはできない。
何故なら今、アルト団員の目の前にはやつがいるからだ。
その巨体は30mにも及び、体中は漆黒の強固な鱗で包まれ、その瞳はまるで呪いでも発しているかのように禍々しい紅紫。
その身にまとう覇気は、アルと同等以上のものだろうか。
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