第二章:殺人鬼の正義 2
そこは、翡翠色の光に溢れていた。おびただしい数の翡翠色の妖精が、虚ろな眼窩を見せながら宙に浮かんでいる。
宣言をした日の夜。六本木にあるタワーマンションの一室。家主が高給取りと思わせる高価な調度品に飾られたリビングに、更科那美は老女の姿でソファーに腰かけていた。傍に立つ鎧は老人に変化していた。家主の隣の部屋に住む老夫婦の姿だ。
那美は、鎧から訊いた情報を元に家主を油断させるべくこの姿になったのだ。顧客リストにある男性を殺すために。
室内にはもう一人男性がいた。床に転がりながら首を掻きむしり、そろそろ窒息死せんとばかりに目を見開きよだれを垂らしている。男性には妻とふたりの子どもがいるが、既に寝室に引っ込んでいてリビングに来る様子はない。元型体系によってリビングに来ないよう精神誘導を施した観念結界が張られているからだ。
魔法は便利だと那美は思った。子どもの身であってもこんなに簡単に人を殺す用意ができる。
タワーマンションのセキュリティは顔認証システムが使われている。高位の元型魔導師にとってはざるも同然だった。
宣言が放送されている最中、那美たちは既に動いていた。鎧が半日掛けただけで隣の住人の顔を確認し、変身するだけの情報を取りそろえた。後は夜を待つだけだった。魔法があるだけでこんなにも簡単な仕事になる。
「そろそろ殺すか」
老人姿の鎧が潰れた声で言った。
「うん、そうだね。もういいよ、妖精さん」
妖精が姿を消す。酸素濃度が極限まで低下していた室内に、生きるために必要な空気が戻る。男性がむさぼるように息を吸った。
鎧が右で刀を抜いた。左手で男性の胸倉を捕まえて無理やり立たせる。混濁していた男性が意識を捕まえ、ようやく自分の立場がいかに危ういかを知った。
「や、やめてくれ! 命だけは、命だけは頼む……!」
男性の命乞いを那美は一笑に付した。
「そういう懇願をあなたは無視して子どもを買った。当然の報いだよ。さようなら、おじさん」
鎧が刀を一閃させた。男性の首が飛び、血が勢いよく吹き出す。血を被った那美は、凄絶な笑みを浮かべる。
転がった男性の首を一瞥し、那美は言った。
「まずは一人目」
そのとき、鎧が鋭い声を上げた。
「ASUに察知された! 逃げるぞ!」
那美は咄嗟に窓の外を見る。そこには、元型魔法で作られた妖精がこちらを覗いていた。
◇◆◇
関東支部に泊まり込みをしていたアイシア班の面々の端末が鳴る。ブリジットからだ。
「更科那美の居場所が特定できた! リアルタイムの場所を転送するからすぐに向かってくれ!」
アイシアの判断は早かった。
「了解。ブリジットはそのまま追跡を続けて。オットーはこっちに寄越して、四人で捕まえるよ」
合流したオットーと共に、四人で関東支部を出てAWSで夜の空を疾走する。那美は六本木のタワーマンションから移動しているところだった。相対速度を考えるにこれならばすぐに追いつける。飛行中、アイシアは警視庁へ更科那美の所在が分かった旨とこれから逮捕へ向かうことを伝えていた。警官とASU刑事課を待つよう進言されたが、遅いと一喝していた。次にISIA本部へ連絡し、戦闘魔法の使用許可を要請。どうやら受諾されたようだ。
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