第一章:ASU警備部警護課 1
埼玉県大宮市にある大病院の一室、ベージュを基調とした落ち着いた個室には、プラチナブロンドが眩しい少女がベッドに腰かけていた。十二月に入り季節はもう冬だというのに、額に汗を浮かばせた少女は、長い髪を振り乱し、両手をわさわさと上下に動かしていた。話しかけている相手の青年がうんともすんとも言わないから怒っているのだ。
「……づる、弓鶴! ちゃんと私の話を聞いてる⁉」
ぼうっとしていた弓鶴の耳元で、突然大砲が鳴った。そんな風に感じるほどの声量で訴えかけてきたのは、少女ホーリー・ローウェルだった。
弓鶴は思わず顔をしかめた。
「聞いてる。だから病室で騒ぐな。隣の部屋にまで聞こえるぞ」
密やかに、けれど訴えるよう弓鶴は言う。
「だからここからが面白いのよ! 恵子(けいこ)ったら、いつも通り私がベッドにいないって思ったんでしょうね。ため息しながら、きっと丸まった何かが入っているであろう布団をがばって引っぺがしたのよ! そしたらびっくり。中に居たのはいるはずのない私ってわけ! そして同時に私が「キャー変態!」って大声で叫んだもんだから、あっちこっちから色んな人が来て大騒ぎよ! ホント笑っちゃったわ」
わっはっは、と大口を開けたホーリーが快活に笑った。対する弓鶴は頭が痛くてたまらない。
また病院の先生からどやされる。この天真爛漫娘は、病気だというのに体力の底がないのか、次々と新しい悪戯を考えては、病院の先生や看護師を罠に嵌めて悦に浸るはた迷惑な患者だ。そして、恵子というのは、病院が抱えるこの疫病神を専門とする哀れな生贄看護師だ。
ホーリーとはただの友人関係である弓鶴であったが、両親が他界している彼女にとって、唯一の関係者だ。だからこそ、専属看護師である恵子へまた迷惑を掛けたのかと思うと心が痛い。
「ホーリー、頼むから病院では安静にしていてくれ。できれば、他の患者や先生らの心臓を穏やかに保つために、四六時中眠っていてくれると助かる」
あら、とホーリーが心外だといわんばかりに目を見張る。
「弓鶴は私に死ねっていうの? 酷い! 三年もほったらかしにして、言うに事欠いて死ねっていうの! 三年もしたらポイ捨てってわけね⁉ なんて酷い男!」
無関係の人間が聞けば誤解を招きそうなことを、歌うような暢気な表情なのに、よく通る大きな声で言う。勘弁してほしい、と思いながら弓鶴は訴え続ける。
「三年間ほったらかしにしたのは謝る。というかその話をまだ引っ張るか。今年の四月には戻ってきただろうが。それに俺とお前は男女の関係じゃないだろ」
「まったくね。こんな面倒な男とお付き合いするなんて天地がひっくり返ってもあり得ないわ」
ふん、とあっけらかんと言ったホーリーは、ころっと表情を変えて再び悪戯のことを話し出す。
ホーリーと出会ったのはいつのことだったか。弓鶴は彼女の話を聞きながらも昔を思い出す。
そう、確か父親が魔法使いの事件に巻き込まれて重傷を負ったときだ。
父親の下へ毎日この病院へ通っていた弓鶴に、隣の病室にいたホーリーと出会ったことがきっかけだった。確か最初の言葉は「辛気臭い顔してんじゃないわよ」だったか。仮にも意識不明の重体で生死の境を彷徨っていた父親を見舞いに来た弓鶴への言葉がそれである。弓鶴も何か言い返したことは覚えているが、なんと言ったのかまでは覚えていない。
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