雨のち、芽生え③
「お電話ありがとうございます。Nextmusic株式会社です」
「良いギタリストがいるんだけど、目を付けてるか?」
「……申し訳ございません。そのような情報は……」
「他の事務所が動いてるらしいけど?そんなので良いの?」
「少々お待ちくださいっ!」
「お電話変わりました。それで、良いギタリストって言うのは?」
「Aftergrowってバンドのギター担当の青葉です」
「あぁ、彼女なら3か月前からアプローチをかけてますよ!あのバンドではあの子が一番上手い。あともう一押しであの子を引き抜ける……」
「そうかい。じゃあ用はない」
向こうが得意げに話している途中で電話を一方的に切ってやった。音楽関係者を装って電話をかけてみたが、案外成功するもんだな。
お前らがモカを引き抜こうなんて考えていることはお見通しなんだよ、くそったれが。
俺は手帳を確認する。明後日がモカたちのライブ日で、モカは表情には出していないつもりかもしれないけど、俺にだって分かるような悪い顔色をしていた。
さっき電話で得た「あともう一押しで引き抜ける」と言う言葉。きっとモカの携帯にひっきりなしに電話がかかってきているんだろう。
モカも自分の夢を思い出すことが出来たら、そんなに悩む必要は無いだろう。
まぁ、モカの忘れかけている「夢」を思い出させるのが今回の俺の役目ってやつかもしれない。
「はぁ……面倒ごとは嫌いなんだけどな」
そんな言葉とは裏腹に、口角をグイッと上げながら昼下がりのオフィス街を颯爽と歩く。
もう3月下旬。モカが言う「出会いと別れの季節」が近づいている。
初春の冷たい風が、ソワソワと静かに騒ぎながら俺の肌をかすめていった。
その日の夜。俺はいつものように事務所の二階でくつろいでいた。
といってもベランダに出てたばこを2本吸った程度のくつろぎ。寝ころびながらテレビを見るだとか、そういうくつろぎでは無かったりする。
そんな時を過ごしている俺に邪魔が入った。
普段ならない俺の格安携帯が着信が来たことを知らせてきた。
こんな時間に電話してくるのは京華さんからの仕事依頼以外考えられなかった俺は、いやそうな雰囲気をこれでもかと醸し出しながら携帯を手に取る。
でも、着信をしてきたのは京華さんでは無かった。
俺は電話を取る。
「……なんだ?」
「かわいい女の子からの電話だよ?そっくん、喜びたまえ~」
「……で?要件は?」
「特になし!えへへ~」
「切るぞ」
「うえ~ん、そっくんがいじめる~」
白々しいウソ泣きを電話の向こう側でするモカ。
普段の俺だったら無表情で通話を終了していたはずだ。だけど今回はそんなことはしなかった。
こんな夜遅くに電話をかけてくるっていう事は、モカにもモカなりに不安があるんじゃないだろうか。
それに、悩みながらも懸命に問題を解決しようともがく彼女を羨ましく感じた。
俺は、もう何をやっても認められないから。
「……ライブ直前で落ち着かないのか?」
「……ううん、違うよ?だけどね?」
「なんだ?」
「あたしの決心が、整理できてない感じがする」
俺は静かに、集中してモカの話す声に耳を傾けた。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/4
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク