ハーメルン
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雨のち、芽生え⑤

ライブハウス内は、外の寒い空気とは裏腹に熱狂に包まれていた。
しっかりとみんなの中に入ってギターをかき鳴らしているモカの姿は、俺が今まで見てきた中で一番輝いていた。

夕焼けの後には夜空が来る。真っ暗な空が明けたら朝の始まり。
そんな事を曲を通じて感じることが出来た。今のモカが演奏するにはうってつけの選曲じゃないかって心の中で思う。


彼女らは最高の形でライブを終えることが出来たらしい。
観客たちの興奮がしばらく冷めることが無かった、と言うのがその証拠だ。

ライブハウスのスタッフの誘導により、徐々に観客は外に出ていく。
もちろん中にはまだ残って余韻に慕っている奴らもいるが。

ステージの上では、幼馴染たち5人が真ん中に集まっている。
笑顔に包まれているところ、水を差して悪いんだけどあいつには一言言っておかないと俺の気が済まないんでね……。

「……おい」

俺はステージ袖からある人物の方向に一直線に向かって歩を進めた。

幼馴染たちは、俺に視線を集める。
モカは小さい声で「そっくん……」と言っていたけど、悪いな。今はお前にかまってやってる暇はないんだ。

「……あたしに何か用?今良いところなんだけど」
「そうだな。だったら簡潔に分からせてやるよ」



バチーン、と大きな音がホール中に響き渡った。

ここのスタッフが誤って機材を落としてしまった音ではない。
急に停電が起きて電気がショートした音でもない。

俺が、メッシュ女の左頬に力いっぱい平手打ちをした音だ。
余りの突然の出来事に幼馴染たちだけでなく、余韻に浸っていた観客たちも唖然とした顔をこちらに向けていた。

「……これが今まで我慢してた青葉の『気持ち』だ。お前が誰よりもいち早く気づいてやれよ、くそ野郎が」

俺はメッシュ女にビンタした後は用が済んだので住んでいる場所へと帰るためにライブハウスを後にする。


お前がしっかりしていたらモカも泣かずに済んだだろ。
なに全員そろってないのに曲を始めているんだよ。

そんな感情を込めてやった。
たしかに女の子を思いっきりビンタする男なんて最低だと思う。だけど俺は自分がとった行動に後悔はないし、正しいことだって思ってる。
例え、だれに理解されなくてもな。



予想通り、俺を批難する複数の言葉が背中を突き刺した。
でもそんな言葉が刺さったまま、ライブハウスを後にした。





「こんなめんどくさい事、もうこりごりだぞ……」

夜、仕事場の事務所の2階。
俺の住居スペースのベランダでタバコを吸っていた。こんな内容が濃い一日を送って置いて、明日は仕事だとか勘弁してほしい。

そんな想いが心を支配していたからなのか、普段よりも多くのタバコをふかしている。
具体的な数を言うならば、これで家に帰ってきてから4本目。

空は暗いけど、モカを止めた時のような雨は止んでいて空もどんよりとしたものではなくすっきりしている。
きっと明日は元気な太陽が姿を見せてくれるはずだ。


俺はベランダの外に予め置いてある灰皿で、吸っていたタバコをゴシゴシと擦る。

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