ハーメルン
デイジィとアベル(一)決戦前の蜜月
一七 デイジィの苦悩

 バハラタはフレア族の男を捕虜にした。これから尋問にかけ、レイアムランドの状況、そしてハーゴンとはどんな奴なのかを聞き出す。そしてレイアムランドに着いた後は、ハーゴンのもとまで案内するように話を付ける。
 フレア族を懐柔する役目に抜擢されたのはアベルだった。船乗りたちはフレア族の卑劣な奇襲攻撃に怒っている。一歩間違えれば尋問中に殺してしまうかもしれないので、控えてもらうことにした。
 一方バハラタは、この危機的状況の中で航海を指揮しなければならない。
 そういうことならばと、交渉事の得意なあたしが名乗りをあげた。しかしどういうわけかフレア族の男はあたしを見ると震えだし、声も出せない状態になる。これでは尋問どころではない。どう考えても、この中で一番優しそうに見えるのはこのあたしなのに、失礼な奴だと思う。もしかしたら女性恐怖症なのかもしれないが。
 それで、残るアベルに決まったというわけだ。気がかりなのは、アベルが優しすぎることだ。相手が頑なに拒絶したら無理やり口を割らせることはできないだろう。様子を見に行けないのが残念だ。
 あたしはゆっくり進む船の上、日陰になったところへ腰を降ろして海を眺めていた。
 順当に行けば明日には不死鳥ラーミアを復活させる。今日がアベルと二人で過ごせる最後の夜か。
 アベル……。
 なぜか不安を覚え、胸が痛んだ。あたしはこれ以上、いったい何を望んでいるのだろうか。もはや諦めていたアベルと恋仲になれた。それに加えて、闘いの相棒としての関係は今までと変わらない。
 背後に人の気配がした。船の揺れや波の音で掻き消されていたのだろう。こんな近くまで人が接近するのに気づかないのは初めてかもしれない。
「よぉ、デイジィ。浮かない顔してどうした」
 バハラタの声。その顔は優しげだった。あたしをからかったりする意図はないようだ。
「別に……。ただ海を眺めてただけさ」
 バハラタはあたしの隣に腰を降ろした。
「アベルのことか……?」
 あたしは咄嗟にバハラタの顔を覗き込んだ。その眼は遠くの海を向いていた。
「この間はからかったりして悪かった。お前らがそういう仲だなんて、知らなかったんだ。何を悩んでいるんだ」
 あたしはため息をついた。
「そういう仲って……。あたしたちは何でもないよ」
「俺にはわかるよ。お前らと最後に会った闇のバザールでは、もっと浅い関係に見えた。最高の女と最高の男。お互いにこれだけ信頼し合ってるんだから、くっ付いたら面白いなと思っていたんだ」
 そう言われると照れてしまう。
「よかったら、あの後何があったのか聞かせてくれないか」
 そういえば、闇のバザールでバハラタと別れた後、あたしたちが何をしてきたのか、まだバハラタに詳しく話していなかった。
 あたしは、かいつまんで話すことにした。
 ドムドーラの復活や渇きのツボ、水龍の召喚について話すと、さすがにバハラタも驚いた顔をしていた。バハラタといえども、世界中に散らばる竜伝説については知らないことが多い。一通りの流れを説明し終えると、話題はアベルに対するあたしの想いへと移っていた。
 今までにこの手のことを誰かに話したことはない。長い間一匹狼で友人などいなかったし、恋をしたことなどなかった。だけど、どういうわけかバハラタになら話してもいいという気になっていた。あたしよりも随分年上な、成熟した大人だからなのかもしれない。
「ここから先の話は誰にも言わないでくれ」

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