ハーメルン
加賀さんの優しさは分かりにくい

 ほうじ茶と羊羹、ですか。悪くない取り合わせですね。間宮羊羹……いえ、色の淡さからすると、これは伊良湖羊羹ね。がっつりした甘さの密度が売りの間宮羊羹に対し、溶けるようなすっとした甘さが特徴の伊良湖羊羹。この暑さを考えると伊良湖製の方が嬉しいかしら。どちらにしても気分は高揚しますけど。

 などと自分の世界に入っていましたが、お茶とお茶請けを持ってきてくれた子が、ちょこんと正座して私の方を見ているのに気が付いた。何でしょう、何となく視線を逸らさずにじぃっと見返してみる。

 すぅっと軽い音を立て襖が開くまで、その子と私のにらみ合いは続いていた。


 「お待たせしてすみません、加賀さん。久しぶりですね。……あら、どうしたの?」


 奇麗な所作で部屋に入ってきたのは赤城さん。かつて同じ鎮守府に所属し、文字通り死線を潜り抜け戦い続けた無二の親友。でもこうやって顔をあわせるのはいつ以来かしら。


 雲一つない突き抜けた青空の眩しさに目を細めたあの夏の日、日本を含む世界は深海棲艦の脅威から解放された。戦争は終わり、時計の針はそれまでと違う時間を刻み始めた。世の中は癒えぬ傷が透ける薄皮を纏いながらも、前に向かって歩みを進めている。戦後、私と赤城さんの航路は交わらず、私は外地から先日帰国したばかりだ。


 目の前の子供は金縛りが解けた様に赤城さんにすすっと寄り添うと、腕にしがみ付き恐々とこちらを眺めている。その様子に気が付き、赤城さんが肩をすくめてやれやれ、と苦笑いを浮かべていた。

 「いくら羊羹が好きだからって、その鋭い眼光はあんまりですよ、加賀さん」
間違いなく羊羹は好きですが、そんなつもりでは……。

 「なら……? あ、加賀さん、ちゃんと『ありがとう』しましたか?」
 言われてみれば。確かに羊羹に気を取られ、礼を失していたようです。

 すっと脇にずれ、座礼でその子にお礼を言う。おずおずと赤城さんの背中から顔をだし、おっかなびっくり、という様子で私を眺めている。僅かにその子の表情が綻んだ気がします。再び襖が開き、次の人が現れて赤城さんの隣に座り胡坐をかく。


 ……その恰好、どういうつもりかしら。

 私が知っている貴方の姿は濃紺の第一種軍装か真っ白な第二種軍装でしたが。控えめに言って、貴方にエプロンは似合わないわ、提督。一方の赤城さんは、とても穏やか目で隣に寄り添う子供の髪を優しい手櫛で整え、提督はそんな赤城さんの様子を眺め続ける。

 貴女とはずいぶん長い付き合いだと思いますが、そんな表情は初めて見ました。修復バケツいっぱいの間宮羊羹を貪った後でも見せたことのない表情だわ。そんな私の考えを見透かしたように、赤城さんがジト目でこちらを見る。

 「……加賀さん、何か失礼なことを考えてませんでしたか?」


 失礼、ですか……確かに。

 ロクに返事を返さない私に、赤城さんはそれでもこまめに連絡をしてくれたから彼女の状況は知っているつもり。いえ、つもりだった――だいたい赤城さんも赤城さんです。こういうことは前もって言ってくれないと、こちらにも準備というものが。居住まいを正し改めて座礼します。親しき仲でも礼儀は大事、しばらく音信不通だった間に状況が変わっていても不思議はないわ。不調法を詫びないと。気の利いた出産祝いは選べなかったでしょうが、それでもお祝い事は時宜に叶うべきだったわ。

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