第六話
今川義元大軍を率いて侵攻す。その報は瞬く間に尾張中を駆け巡り、ある者は織田家の終わりを嘆き、ある者は今川に取り入る算段を立てる等、民は右往左往する混迷を極めていた。清州城城下も例外でなく往来は戦火を逃れようとする町民で溢れていた。
「そんなデカい家財なんか置いてっちまえ、邪魔になるだけとよ」
「でも、これは亡くなったおっ母が残してくれた物で…」
翔翼らが暮らす長屋付近の者達も、避難に追われていた。
その中で、ねねは自分と同い年の子らを纏め先導している。
「ねねお姉ちゃん、翔お兄ちゃん大丈夫かな…」
手を引いていた女の子が、不安を隠せない様子で問いかけてくる。翔翼が信奈率いる本隊が、道三を救出し美濃から帰還するまでの間、今川勢を僅かな手勢で足止めするという危険極まりない任に着いたのを、出陣前に寄った彼から直接聞かされたのだ。
翔翼は不愛想だが子供好きであり、暇があればねねを含む子供らの遊び相手をしているので、彼らから兄として慕われているのだ。
「お付きの小六様らだけで向かわれたとのことだが、今川は二万とも三万とも言うが」
「あの方がいなくなってしまったら、私らは誰を頼ればいいのか。無事に戻られると良いが…」
大人達も口々に翔翼の身を案じている。子供らだけでなく誰彼構わず世話を焼きたがるので、誰からも愛される男なのだ。
「大丈夫です!兄様はとってもお強いのです!今川などけちょんけちょんにして帰って来られますぞ!」
皆の不安を吹き飛ばすように、ねねは笑顔で声を張り上げる。
本音を言えば、彼女自身が最も不安を抱いていたが。翔翼から留守を頼まれている彼女は、彼なら必ず無事に帰ってくると信じ、帰る場所を守ろうと気丈に振る舞っていた。
周りの者達もそのことを感じ取っていたので、それ以上不安を口にすることはなかった。
「(兄様、どうかご無事で)」
翔翼のいる方角の空を見上げながら、彼に届くようにねねは願うのであった。
「セェィ!」
「オォ!」
丸根砦にて、翔翼と忠勝が振るった戟と槍がぶつかり合う。既に数十合撃ち合っているも、互いに手傷一つ負うことなく終わりの見えない死闘は続いていく。
「光秀様、我らで援護すべきでは?」
鉄砲を手にしている配下の進言に、光秀は首を横に振った。
「下手に手を出しても邪魔になるだけだ。我らは他の敵を牽制する」
苛烈さを増す両者の攻防は、最早常人が踏み入れて良い領域を逸脱してしまっていた。軽々しく飛び込めば火傷では済まないだろう。
気がつけば、敵味方問わずその場にいる者全てが彼らの戦いに見入っており、ただ静かに勝敗の行方を見守っていた。
「八ッ!」
翔翼が戟を突き出すと、忠勝は槍で受け流し、その勢いのまま側頭部目がけて振るう。
屈んで避けると、翔翼は足払いしようと戟を横薙ぎに振るい、忠勝は跳んで躱す。
着地の瞬間を狙い翔翼が蹴りを放つと、忠勝は脚で受け止めると、衝撃を利用し距離を取る。
「「ッ!」」
息を軽く整えると、同時に駆け出し振るった戟と槍の刃がぶつかり、合い火花を散らす。
「良き武器だ。この『蜻蛉切』とこれ程切り結んで、刃こぼれ1つしないとはな」
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