炎柱
暗い。
陽が落ち、夜の最中と言った所。
「……戻ったのか」
一年振りだろうか。
炎柱として鬼を屠り、俺をこの鬼殺隊に入れた人物──煉獄槇寿郎。俺に在り方を見せつけたその人物が、男が、薄い。どうしようもなく薄い。まるで直ぐにでも溶けて無くなってしまいそうな薄氷かと言わんばかりの薄さ。
その横で、床に伏せる一人の女性。暖かく俺を迎え入れてくれた、強い女性。
…………有事に間に合わず、申し訳ありません。
床に正座して、もう起きる事のない瑠火さんに手を合わせる。
「……不磨」
はい、なんでしょうか。
「俺は鬼殺隊を辞める。お前が炎柱を継げ」
……何故、お辞めになられるのですか。
辛うじて言葉を振り絞る。
最愛の人を喪った。その喪失感は、俺にもわかる。だが、だからと言って、放り投げる訳にはいかない。柱なのだ。鬼殺隊と言う、世捨て人に近い組織の柱。
鬼殺という行動に人生を振り絞っているんだ。皆、俺のように。
貴方も、その筈。
「……俺は、俺たちは、所詮後追いだ。原初である日の呼吸の後を追って、派生で粋がって、決して勝てることはない。才能無き者が、醜く足掻いているだけだ」
日の呼吸──鬼殺隊の剣士が扱う呼吸の原点にして頂点。現在日の呼吸の継承者は一人もおらず、全員が派生の呼吸を扱っている。それは柱も類に漏れず、誰一人として扱える者は居ない。そして、その存在を知るのもそう多くはない。
煉獄家当主が代々受け継いできた記録上には、日の呼吸がどういったものかが記されているそうだ。槇寿郎が俺に見せてくれたことは、ない。
「お前は、呼吸が無くても鬼を殺した。俺のような才の無い人間とは、違う。お前が、炎を継げ」
そう言って、何も話すことなく俺に背を向ける。
…………杏寿郎殿には、なんと言ったのですか。私なんぞより、よっぽど適任でしょう。私の炎は、決して褒められたものではない。恨みと憎しみで彩られた、どす黒い暗闇と変わりない。闇を照らし弱きものを守り、強きを貫く煉獄の炎とは程遠い。
その重みが、強さが、わかるでしょう。私が、継いでいい物ではない。
返答は、無い。あの力強かった姿は、もう無い。
瑠火さんの寝ていた部屋を出て、杏寿郎たちの居る部屋に向かう。
俺が、炎柱に。なっていい筈がない。俺が、鬼を狩るのは、俺の為だ。他の連中とは違う。何かを見つけ、未来に残そうとしている連中とは違うんだ。
俺はどこまで行っても、復讐者だ。なにも生まない、何の得にもならない人生を賭けた復讐者。誰の為でもない、俺が憎いから殺す。俺の家族を奪った鬼が憎いから探す。他の人間を救いたいからでは、無いんだ。
中庭に繋がる廊下に出る。今でも鮮明に思い出せる、槇寿郎の煉獄。俺は、まだあの高みに居ない。あの日見た炎は、一人の男の集大成だった。
ざり、と中庭に出る。変わらず用意してあった草鞋を履いて、刀を抜く。
──全集中・炎の呼吸。
荒く猛る、燃え盛る炎。正義の炎などではない。憎しみの、復讐の炎だ。
瑠火さんが一度、話しているのを聞いたことがある。強き者に産まれた理由。その役目とは何か──弱者を守るためだ。他者を守り、強者と戦い、自分たちは正義の盾になるのだと。
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